「あの時の約束、守ってくれてありがとうございます」

 思い出話が終わり、ソフィアはにっこりと笑う。

 その笑顔はとても綺麗で……
 何度見てもドキドキしてしまうため、ちょっと照れて目を逸らしてしまう。

「お礼を言われるようなことじゃないよ。僕自信が望んだことで……あと、ちょっと危ういところだったし」

 騙されて、奴隷にされて。
 ソフィアに助けてもらわなかったら、今も奴隷のままだっただろう。

 だから、僕はなにもしていない。
 約束をなんとか守ることができたけど……
 それは全部、ソフィアのおかげだ。

「いいえ、それは違います」

 僕の考えを、ソフィアはあっさりと否定した。

「奴隷にされたとしても、フェイトは諦めなかったでしょう? ずっと、私のことを考えてくれていたんですよね?」
「うん、そうだよ」
「そうやって諦めないことが、一番大切だったんだと思います。もしも途中で諦めていたら、たぶん、私とフェイトは出会うことができず……今も離れ離れだったと思います」
「そうかな? そんなことは……」

 ない、と言おうとして、しかし言葉が出てこない。

 諦めない。

 言葉にするなら、とても簡単なことだ。
 でも、いざ実行するとなると、これほど難しいものはない。

 僕のように、冒険者を目指して、ソフィアとの約束を守ろうとしても。
 あるいは、芸術家を目指すとか。
 はたまた、一流の商人を目指すとか。

 誰もが夢を持ち、叶えたいものを胸に抱く。
 でも、何度も何度も壁にぶつかり、時に理不尽に襲われてしまう。

 そんな中でも諦めないということは、なかなかに難しいのでは?

「フェイトは、何年も諦めませんでした。それは、とてもすごいことだと思います。少なくとも、私には真似できません」
「そんなことはないよ。ソフィアなら、もっとうまくやれると思うし……」
「フェイトは、自己評価がちょっと低すぎです」

 むう、というような感じでソフィアが頬を膨らませた。
 怒っていますよ、とアピールしているらしい。

「奴隷に落とされて、何年もひどい扱いを受けて……それでもなお、諦めない。折れない心を持つということは、相当にすさまじいことですよ?」
「そう、かな?」
「そうですよ。何年もの間、肉体的な負荷を受け続けて、それに耐えたこともかなりすごいですが……やはり、心が折れないことがすごいです。普通の人は……いいえ、歴史に残る偉人であっても、そのような目に遭えば心が潰されてしまいます。精神的な傷というものは、それほどまでに耐え難いものなのですから」

 言われて、納得してしまう。

 肉体的な痛みや傷は、慣れてしまえば我慢できるものだ。
 ある程度は、痛みはコントロールできる。

 しかし、心はそうはいかない。
 目に見えないものだから、コントロールのしようがなくて……
 壊れる時は簡単に壊れてしまうだろうし、自分が気づいていないだけで、すでに砕けているというパターンもあるだろう。

「だから……がんばってくれて、ありがとうございます」
「……ソフィア……」
「私との約束を守ってくれて、本当にうれしかったです」
「それは、だって……うん。ソフィアのためだから」

 もう一度会おう、って約束をした。
 一緒に冒険をしよう、って約束をした。

 だから、がんばることができた。
 僕の原動力はソフィアなのだ。

「はい、ありがとうございます」

 ソフィアは、とてもうれしそうにはにかんだ。

「大好きな男の子が、私のために……と言ってくれる。女として、これほどうれしいことはありません」
「え、えっと……」
「ふふ、どうしたんですか。もしかして、照れています?」
「……少し」

 からかうように言うソフィアから、ちょっと目を逸らしてしまう。

 そういう顔は反則だ。
 視線を奪われてしまうし……
 心も盗まれてしまう。

「ねえ、フェイト」
「うん?」
「なにか、新しい約束をしませんか?」
「新しい?」
「昔の約束は、フェイトのおかげで果たすことができました。だから……また、なにか新しい約束をしたいと思うんです。そうすることで、フェイトとの繋がりができるというか、欲しいというか……そういう感じです」

 良いアイディアだ、と素直に思った。
 でも、新しい約束か……うーん。

「どんなものがいいのかな?」
「できれば、私達だけではなくて、アイシャやリコリスも一緒のような、そんな約束がいいのですが……」
「そうだね。今は、僕達二人だけじゃなくて……うん、みんなが一緒だからね」

 アイシャは大事な娘。
 リコリスは大事な仲間。というか、家族?

 四人の絆を繋ぐような、そんな約束が欲しい。

「……いつか、さ」
「はい」
「どこかに家を買って、のんびりと、みんな一緒に過ごすことができたらいいな……って思うんだ。ちょっと方向性は違うけど、それを約束にする、っていうのはどうかな?」
「そうなると……みんなで一緒に暮らすためにがんばる、という感じでしょうか?」
「うん、そんな感じで」

 約束というよりは願いだ。
 みんなが笑って過ごすことができる、優しい夢。

 うん。
 それを叶えるために、色々と……今まで以上にがんばろう。

「がんばらないとね」
「そうですね。でも……その前に、誓いの証を立てておかないといけませんね」
「証?」
「はい、証です」

 ソフィアは頬を染めて、そっと顔を近づけてきて……

「……んっ……」

 二人の距離がゼロになる。

「……え?」
「こ、これが、その……証です」
「えっと……え?」
「その、あの……わ、私、ちょっと用事を思い出したので、先に家に帰りますね。では!」

 耳まで赤くしたソフィアは、逃げるようにこの場を立ち去る。

 一方、僕は呆然としたまま……
 ぼーっとしつつ、唇をそっと指先でなぞる。

「今の……キス、だよね?」

 一分ほど遅れて、ようやくその事実を認識して……
 僕は、羞恥と喜びと驚きに悶絶することになった。