「というわけで、明日にでもリーフランドを立とうと思います」
「なん、だと……!?」

 みんなで食卓を囲む、アスカルト家の夕食の席。
 そこでソフィアが今後の予定を告げると、エドワードさんが愕然とした表情に。
 ものすごいショックを受けているらしく、硬直して、その手からぽろりとナイフとフォークが落ちる。

「あら、ソフィアはもう旅に出てしまうの?」

 エミリアさんは落ち着いたもので、そう問いかけてきた。

「はい。アイシャちゃんのことを、少しでも早く解決したいので」
「そう……そういう理由なら仕方ないですね。明日はお見送りの……」
「……ならん」
「旦那さま?」
「ならぬぞ! すぐに家を出るなど、そのようなことはあってはならぬ!」

 なぜかエドワードさんが怒る。

 いや。
 怒るというか、焦っている……?

「なぜダメなのですか?」
「それは、いや……つまりだな……そう! 休暇が必要だ。先の事件で疲労が溜まっているだろう? 無理をしてはいけないぞ」
「私は特に疲れていませんが……」

 ソフィアがこちらを見る。

「えっと……僕も、そんなに疲れてはいないかな」

 アイシャを見る。

「わたし、だいじょうぶ」

 アイシャがリコリスを見る。

「ウルトラメガかわいいリコリスちゃんは、本当なら休暇をもらって、めいっぱい遊びたいところだけど……まあ、アイシャのためだからねー。すぐ出発しても問題ないわよ」
「と、いうことです」
「ぬぐぐ……」

 ソフィアの塩対応に、エドワードさんがとても苦い顔に。

 一応、二人は仲直りしているのだけど……
 それでも、ソフィアは色々と思うところがあるのか、ちょっと対応が厳しい。

「で、では、ソフィアは家に残るということにすれば……」
「なにを言っているのですか? 私はフェイトの生涯のパートナーであり、アイシャちゃんの母親です。放っておけるわけないでしょう」
「むぐぐ……」

 生涯のパートナー、のところでエドワードさんが、ものすごい勢いで僕を睨んできた。
 ソフィアと仲直りしたものの、それでもなお、割り切れないものがあるのだろう。

 なんていうか、ごめんなさい。
 アイシャがいるから、一応、僕もエドワードさんの気持ちは少しわかるつもりだ。

「そ、それならば、アイシャを家に置いて……」
「アイシャちゃんのことを調べるための旅なのですよ? 当の本人がいなければ、色々とわからないことが出てきます」
「ぐぬぬ……」

 エドワードさんは、どうにかしてソフィアとアイシャを引き止めたいみたいだ。

 今ならわかる。
 ソフィアの邪魔をしたいわけじゃなくて……
 ただ単に、エドワードさんは大事な愛娘と一緒にいたいのだろう。

 だから、勝手に許嫁を作った。
 そうすれば、激怒したソフィアが戻ってくるとわかっていたから。

 おそらく、最終的にはどうにかして許嫁はなかったことにしたのだろう。
 そうすることと引き換えに、ソフィアを家に留める……そんなことを考えていたのだと思う。

 以前、リコリスが言った、子離れできていない、という意味が理解できた。
 エドワードさんは、本当にソフィアを大事に思っているんだなあ。

「ねえ、ソフィア」
「なんですか?」
「あと一週間くらい、リーフランドに滞在しない?」
「え?」

 お父さまの味方をするのですか? というような感じで、ソフィアが驚いた顔に。

 エドワードさんのことが気にかかるのは確かだけど……
 でも、それ以外に滞在する理由がある。

「できるだけ急ぎたいのはわかるけど、でも、旅の準備は必要だよね」
「それはそうですが、急げば数時間で……」
「ブルーアイランドはけっこう遠いから、焦らないで、しっかりと準備をした方がいいよ」

 ブルーアイランドまでは、約一ヶ月の行程となる。
 というのも、途中、馬車が通っていない場所があるのだ。
 徒歩が含まれるため、それだけの時間がかかってしまう。

「あと、久しぶりの故郷なんだから、色々と挨拶とかしておいた方がいいよ」
「それは……」
「次に来れるのはいつになるかわからないんだから。そういうことは、ちゃんとしておこう?」
「……はい」
「あと……」

 小声で、ソフィアだけに聞こえるように言う。

「……急いた方がいいのはわかるけど、でも、アイシャにもっとこの街のことを見せてあげたいんだ。だって、ソフィアの故郷だもん」
「……フェイト……」
「……あと、体は問題なくてもストレスが溜まっているかもしれないし、少し遊んだ方がいいと思うんだ」

 これはアイシャだけじゃなくて、ソフィアにも言えることだ。
 リーフランドに来て、色々なことがあった。

 ソフィアは剣聖だから、体力に問題はないだろうけど……
 心の疲弊は、そうそうすぐに回復することはないだろう。

 一週間くらい、ゆっくりとした方がいいと思う。

「……わかりました」

 迷うような間を挟んでから、ソフィアはゆっくりと頷いた。

「フェイトの言うことはもっともなので、あと一週間、滞在することにしましょう」
「うん、そうした方がいいよ」
「お父さま、お母さま。そういうわけなので……あと一週間、こちらに滞在してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですよ。ここは、ソフィアの家なのですから」
「そ、そうか……うむ。まあ、そういうことならば仕方ないな。お前の部屋は空いているし、小僧の部屋も問題はない。仕方ないから泊まっていくといい」
「あのおっちゃん、とんでもないツンデレねー」

 うれしさを隠しきれないエドワードさんを見て、リコリスが呆れたようにつぶやくのだった。

「おとーさん、おかーさん。出発しないの?」
「うん。あと一週間、ここに滞在するよ」
「アイシャちゃんは、すぐに出発したいですか?」
「ううん。おじーちゃんとおばーちゃんと、一緒にあそびたい!」
「ぐふっ」

 エドワードさんが胸を押さえて、そのまま倒れそうになっていた。
 アイシャの尊さにやられたらしい。

「ふふ、うれしいことを言ってくれるのですね。アイシャちゃん、明日はなにを食べたいですか? 好きなものを作ってあげますよ」
「おばーちゃんの料理?」
「はい。おばあちゃんの料理です」
「えっと、えっと……甘いもの?」
「はい、了解です」

 こうして、僕達はもう一週間、リーフランドに滞在することになった。