「やっほー」

 『黎明の同盟』が使用するセーフハウスに、レナとリケンの姿があった。

 先にセーフハウスで休んでいたのはリケン。
 遅れてレナが現れて、とても機嫌良さそうに挨拶をした。

「機嫌が良さそうだな?」
「まあねー」
「計画は成功と見ていいのじゃな?」
「んにゃ。失敗だよ」
「……なんだと?」

 リケンが眉をひそめる。
 そんな様子を気にせず、レナは保冷庫からドリンクを取り出して、そのまま飲んだ。

「ふう、おいしいー。やっぱり、動いた後は喉が乾くよねー」
「どういうことだ? お主も失敗したというのか?」
「お主も? え、リケン、失敗しちゃったの?」
「……うむ」

 リケンは苦々しい顔で頷いた。

「一部隊を投入したが、全て返り討ちに遭ってしまった」
「リケンは?」
「儂が出ればなんとかなったかもしれぬが……しかし、それでも時間がかかることは確実。あの状況では、あまり目立つわけにもいかぬからな……残念じゃが、素材の回収は諦めた」
「リケンにそこまで言わせるなんて、領主ってけっこう強い?」
「そうだな……強いが、それよりも女の方が厄介だな」

 当時、リケンは屋敷から離れたところで状況を見極めていた。

 すると、どうだろう。
 十分な距離を持っているはずなのに、領主の妻……エミリアがリケンの方を見たのだ。

 ただの偶然ではなくて、じっとこちらを見つめていた。
 さすがに正体まで見抜いていないだろうが……
 視線を感じていたのは確かだろう。

「まさか、あのようなことができるとはな。やりあってはいないが、相当な実力者に違いない」
「なるほどー。まあ、剣を習っていてもおかしくないよね。あそこの家、女の方が色々な意味で強いっぽいし」
「それで……レナよ。お主まで失敗してしまったのか?」
「正確に言うと、半分失敗かな?」

 レナは語る。

 魔剣を回収して、証拠は残していない。
 しかし、アイザックが敗れ、依頼人のオーダーを果たすことができなかったことは確か。
 だから、半分失敗なのだ。

「魔剣を渡して、おまけに剣聖を無力化するための特製の薬まで渡したのに。あれで失敗するなんて、無能だよねー」
「相手が厄介だったのかもな」
「一応、後始末はちゃんとしておいたよ」
「なるほど……まあ、それなら問題ないだろう。依頼人といっても、所詮、金の関係でしかない。すでに前金は受け取っているし、魔剣を回収したのなら問題はなかろう。成功する確率も低いと思っていたしな。依頼人は……」
「うん。帰り道に、ついでに殺しておいたよ」

 大した繋がりがないとはいえ、彼には少ししゃべりすぎていたところがある。
 余計な荷物となる前に消す。
 レナにとっては当たり前のことだ。

「それならば半分失敗というのも頷けるが……しかし、なぜ機嫌が良いのだ?」
「んー……うふ、えへへー」

 突然、レナがにへらと笑う。
 今まで見たことのない相棒の顔に、リケンは首を傾げた。

「ボク、運命を見つけちゃったかも」
「は?」
「まさか、フェイトがあそこまですごいなんて……完全に予想外だったよ」

 量産品の魔剣とはいえ、アイザックを圧倒してみせた。

 それだけではない。
 本気モードの自分を前にしても失神することなく、怯むこともなく、逃げようとしなかった。

 なんて素晴らしいのだろう。
 今はまだ、未熟な雛かもしれない。
 しかし、育てば雄々しく空を飛ぶ鷹になるだろう。

 その姿を想像するだけで、レナは胸がドキドキした。
 体が熱くなった。
 心がときめいた。

「うーん……ボク、絶対にフェイトをものにしたいかも!」
「なんの話をしているのだ……?」
「あ、ごめんねー。未来の旦那さまを見つけたから、わくわくしちゃって」
「なんだと? そのような相手がお前に……いや、待て。それは、剣聖の連れの、フェイトとかいう小僧か?」
「うん、そうだよ」
「なにをバカな……剣聖の連れである以上、あの小僧は敵であろう。大した力は持っていないように見えたが、まあ、警戒する必要はないが……それでも、味方にするなんてありえぬ。放っておけ」
「やだよ」

 レナはにっこりと笑う。
 笑いつつ、絶対零度の殺気を放つ。

「っ……!」

 レナの圧を受けて、リケンは思わず体が震えた。

 相手は二十にも達していない小娘。
 そして自分は、何十年も剣を学んできた。

 普通に考えて、その差は圧倒的。
 レナに怯えるなんてありえないのだけど……

 そのありえないことが現実に起きていた。

 黎明の同盟、第3位の実力者。
 その力は圧倒的で、まともに戦えばリケンでは足元にも及ばないだろう。

「ボク、絶対にフェイトをものにするんだから。もしもその邪魔をするなら……」
「う、く……」
「斬るよ?」

 リケンが震えた。
 もはや蛇に睨まれたカエル。
 どうすることもできず、ただ彼女の意見を受け入れるしかない。

 はあ、とため息。

「まったく……お主がそこまでの執着を見せるなんて、初めてのことだな」
「うん、ボクも驚いているよ。きっと、これが初恋なんだね♪」
「なにを言っても仕方ないし、儂では止められん。好きにするがいい」
「ありがと」
「ただ、同盟に迷惑をかけるではないぞ?」
「わかっているよ。そこは、きっちりとしていくから」
「やれやれ……」

 本当にわかっているのか?
 そんな感じで、リケンはため息をこぼす。

「うーん、早くフェイトをボクのものにしたいなあ。手合わせしてみたいし、でもでも、それだけじゃなくて色々としてあげたいな。ごはんを作ってあげたいし、耳掃除とか……あと、やっぱりえっちなこともしたいよね。えへへ♪」



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「くしゅんっ」
「どうしたのですか、フェイト。風邪ですか?」
「ううん、そんなことはないと思うんだけど……なんだろう? 妙な寒気が……」