あれは寝ぼけていたことだから。
 不可抗力だから。
 特に気にしていないし、むしろかわいいところを見ることができてラッキー。

 そんな感じでなんとか落ち着かせることに成功。
 その後、領主の娘を誘拐したとして、アイザックは逮捕。
 色々な手続きをしたり事情聴取に応じたり……

 事件の後始末から解放されたのは、翌朝になってからだった。

「眠いです……」
「色々あった上で、さらに徹夜だからきついね……」

 今すぐ宿へ戻り、ベッドに倒れ込んでしまいたい。
 でも、それはできない。

 遅くなってしまったから、アイシャが心配しているに違いない。
 それに、エドワードさんとエミリアさんに、ソフィアが無事なことを伝えないと。

「帰ろうか」
「はい」

 手を繋いで、僕達はソフィアの家に向かった。



――――――――――



「これは……」
「いったい……」

 屋敷へ戻ると、予想外の光景が待ち受けていた。

 調度品などが壊れ、床や壁が傷ついている。
 そんな中を忙しそうに移動する使用人達。

 これだけでも相当な驚きなのに……

「アイシャよ、そろそろ寝てはどうだ? ソフィアやあの小僧のことが気になるのはわかるが、もう限界じゃろう?」
「うう、ん……がんばる。おとーさんとおかーさん……お迎え、するの」
「うむ、うむ。そうじゃな、お迎えはしたいな。なら、もう少しだけがんばるとしよう。よし、眠気覚ましにちょうどいいお茶を淹れよう。あと、朝食にしようか。パンケーキなんてどうだい?」
「わぁ♪」
「おぉ、そうかそうか。パンケーキは好きか。クリームとフルーツたっぷりの、おいしいパンケーキを焼いてもらうからな、待っているのだぞ」
「うん、おじーちゃん」

 エドワードさんが、アイシャに思い切りデレていた。

 アイシャは子供なので、それほど厳しい態度はとられていなかったけど……
 でも、関心はなかったと思う。
 少なくとも、自分の膝の上に乗せて、頬が落ちてしまいそうなほどの笑みを向けることはなかった。

 それなのに、今はどうだろうか?
 どこからどう見ても、孫を溺愛するおじいちゃんだ。

「あら? ソフィア、おかえりなさい」

 エミリアさんがこちらに気がついて、にっこりと笑う。

「スティアートくんに助けてもらったみたいですね。大丈夫ですか?」
「あ、はい……私はなにも問題はありません。ただ……」
「ソフィア!」

 アイシャを一旦脇に移動させて、エドワードさんが立ち上がる。
 ものすごく厳しい顔だ。

「……」

 ソフィアも緊張した様子に。

 剣聖として。
 剣の娘として、薬なんかにやられるなんて情けない真似を見せた。
 そのことを咎められる……そう思っているのかもしれない。

 でも、現実はまったくの逆。

「よくぞ、無事に戻った……!!」
「え?」

 エドワードさんは、ソフィアを抱きしめた。
 強く強く……それでいて繊細なガラス細工を扱うように、大事に抱きしめた。

「あの馬鹿者共がなにか企んでいるのは察していたが、まさか、ここまで愚かな行動に出るとは思わず……儂の責任だ。すまない、本当にすまない……!」
「お、お父さま? その……怒らないのですか?」
「なぜ怒る?」
「それは、私が無様なところを見せたから……」
「あれは儂のせいでもある。ソフィアを一方的に責めることなどできぬ」
「……お父さま……」
「すまなかった。あのような男を許嫁になんて、儂の目が曇っていた……本当にすまなかった」
「……」

 ソフィアはなにも言わず、エドワードさんを抱き返した。
 無事に仲直り完了、かな?

「おとーさん!」
「アイシャ、ただいま」
「おかえり、なさい……えへへ。わたし、ちゃんとお留守番できたよ?」

 えらい? えらい? というような感じでこちらを見る。
 そんなアイシャの頭をなでなでした。

「うん、アイシャは偉いね。すごくがんばってね」
「えへへ」

 アイシャの尻尾がぶんぶんと横に大きく振られる。

「おつかれさま、スティアートくん。それと、娘のことをありがとう」
「いえ、そんな……! 当たり前のことをしただけですから!」

 エミリアさんに頭を下げられてしまい、ちょっと慌ててしまう。
 そんな僕を見て、エミリアさんは微笑ましそうな顔に。

「やっぱり、ソフィアにはスティアートくんが一番ね。大丈夫です。今回のことで、旦那さまも目を覚ましてくれたでしょうから」
「それなら、うれしいんですけど……って、この有様はいったい?」
「ああ、それがですね。旦那さまは、孫娘のアイシャちゃんの魅力にやられてしまいまして」
「え?」
「旦那さまは鈍いというか、他のことに目がいかないというか……今まで、アイシャちゃんのことが孫娘だとは気がついていなかったようで。それで、さきほどそのことを理解されて、「おじーちゃん」と呼んでもらい……それで即アウトですね」
「な、なるほど」

 僕は、まだまだ子供なのだけど……
 それでも、エドワードさんの気持ちはわかるような気がした。

 孫に対して、祖父母はとことん甘くなると聞くし……
 なによりも、アイシャはかわいい。
 とんでもなくかわいい。
 その上、優しくて素直で良い子で、まるで天使のよう。

 そんなアイシャが孫娘となれば、あのエドワードさんといえどデレデレになってしまうだろう。

「って、そうじゃなくて」

 エドワードさんの豹変っぷりも確かに気になるけど、それ以上に見過ごしてはいけない問題がある。

「あちらこちらが荒れていますけど、これはどうしたんですか?」
「……そうですね。それについては、また後で話しましょう。ひとまず、撃退は完了しましたから」
「撃退……?」
「今は、ゆっくりと休んでください。とても疲れたでしょう?」
「でも……」
「アイシャちゃんも寝ていないので、一緒に寝た方がいいですよ」
「……わかりました」

 アイシャのことを持ち出されたら、断ることはできない。
 とても気になるのだけど……
 ひとまず、お言葉に甘えて屋敷で休むことにした。