「黎明の同盟……? 魔剣士……?」

 聞いたことのない言葉に、思わず眉を潜めてしまう。

 奴隷にされていた期間はあるのだけど……
 一応、僕の冒険者歴はそれなりに長い。

 色々なことを聞いて、色々な情報を頭に叩き込んできた。
 でも、その中にない単語だ。

「なんのこと? っていう顔をしているねー。うん。そうだよね、普通わからないよねー。だから、ちょっとだけ教えてあげる」
「え、教えてくれるの?」

 意外だ。
 こういうことは、普通、秘密にするものじゃないのかな?

「ボク、優しいから。今回は特別サービス。聞きたいことを聞いていいよ? まあ、全部の質問に答えられるわけじゃないけどね」
「なら……魔剣っていうのは?」
「んー……どこまで言っていいものかな? 簡単に言うと、聖剣と対をなす存在だよ。聖剣が人々の祈りを力とするなら、魔剣は負の感情を力とする」
「なんで、そんなものが?」
「とある存在によって生み出されたんだけど……詳細は秘密♪」

 パチンとウインクをされて、かわいらしく拒絶されてしまう。
 なんていうか、掴みどころのない女の子だ。

「魔剣士っていうのは……魔剣を使う存在のこと?」
「うんうん、正解。ちなみに、ボクは第三位なんだ」
「三位?」
「組織内の序列だよ。えへん、ボクはけっこう偉いのさ」

 第3位ということは……
 最低でも、あと二人は魔剣士がいるというわけか。

 それは、レナよりも強いのだろう。

「黎明の同盟っていうのは?」
「ぶっちゃけると、テロ組織」
「本当にぶっちゃけたね……」
「一応、ボク達なりの大義というか正義はあるんだけど、でもそれは、今の秩序を破壊するようなものだからねー。傍から見れば、テロ組織以外の何物でもないんだよね、あははは」

 テロ組織と認めつつ、あっけらかんと笑ってしまうその根性は素直にすごいと思う。

「目的を話してもらうことは?」
「んー、今はそれはできないかな? まあ、おまけして話すとしたら、魔剣の増産。それと、魔剣士の育成……かな? いずれ来る戦いに備えて、ね」

 たったの一本で、扱う者によっては剣聖に匹敵するほどの力を得ることができる。
 そんなものを増産されたら、とんでもないことになってしまう。

 レナが言うテロ組織という意味を理解した。

「……」

 ふと、思う。

「もしかして、アイシャは魔剣に関係がある?」
「アイシャ? 獣人の女の子?」
「うん。犬……というか狼? の耳と尻尾が生えた、小さな女の子」
「あー……うん、そうだね。おもいきり関係があるね」
「やっぱり……」
「よくわかったね?」
「前に魔剣を持っていた相手……ドクトルが、アイシャにやけに執着していたみたいだから。それで、関連があるのかな、って」
「そっか……それは失敗だなあ」

 アイシャが関連していることは知られたくなかったらしい。
 レナは苦い顔に。

「それについて教えてもらうことは……」
「んー……ダメ。そこまでサービスしたら、さすがに怒られちゃう」
「そっか。ならいいや」
「ずいぶんあっさりと引き下がるんだね?」
「教えられない、って言っているから。無理矢理にでも聞きたいところだけど……でも、ボクはレナに勝てない」
「……へぇ」

 レナがとても面白そうな顔になる。

「どうしてそう思うの?」
「なんとなく、かな?」

 こうしてレナと対峙していると、全身が震えてしまいそうになる。
 今の彼女は、普段は隠しているであろう圧を隠しておらず……
 恐怖で失神してしまいそうなほどのプレッシャーがあった。

「そっか、そっか。ボクには勝てないって、理解しているんだ」
「なにもしていないのにそんなことを言うなんて、幻滅した?」
「ううん。むしろ、より評価が上がったかな? 相手の力をきちんと見極めることができる。これは、戦士にとってとても大事なことだよ。ボク、ますますフェイトのことが気に入っちゃった」

 そう言って、レナは笑う。
 お世辞とかそういうものではなくて、本心からの言葉みたいだ。

「でも、どうして色々と教えてくれるの? レナがテロ組織に所属しているなら、ボクは余計な目撃者で、普通に考えて始末した方が早いんじゃあ?」
「そうなんだけどね? でも、ボクはフェイトのことが気に入っているんだ。とてもまっすぐなところ。優しいところ。そして……強いところ」
「えっと……僕は大して強くないよ?」
「今はね」

 レナは微笑みを浮かべる。
 まるで、未来を見通しているかのような不思議な笑みだった。

「ボクの勘が告げているんだ。フェイトは、いずれとんでもなく強くなる。世界最強になって、剣神の称号を得るかもしれない」
「まさか……」
「ボクの勘は、けっこう当たるんだよ?」
「……」

 そんなことを言われても実感がわかない。

「だから、できる限りのことは話しているんだ。それで……できれば、ボク達の仲間になってくれるとうれしいな」
「え?」

 思わぬ提案に、ついつい目を丸くしてしまう。

「どうどう? ボク達の仲間にならない?」
「えっと……いきなりそんなことを言われても」
「仲間になれば全部を話すし、色々と特典もあるよ。今なら家とメイドさん付きで、お給料もアップ!」
「どういう勧誘……?」
「で……ボクの彼氏になって」

 ごほっ、と咳き込んでしまう。

「前も言っていたけど、そ、それは本気なの……?」
「もちろん」

 レナは即答した。
 ウソをついている様子はない。

「ボク、フェイトのことが気に入っちゃった。一時はがっかりしたこともあるんだけど、でも、それは昔の話。今はすごくすごく気になってて……うん、これは恋だね。ボク、フェイトが好きになっちゃった」
「え、えっと……」

 女の子から好意を向けられるなんて、ソフィア以外に初めてだ。
 思わずしどろもどろになってしまう。

「ねえねえ、ボクと付き合おう? ボク、こう見えて尽くすタイプだよ? フェイトのためにおいしいごはんを作るし、お掃除もがんばるよ。もちろん、えっちなこともしてあげる♪」
「ごほっ!?」

 とんでもないことを言われてしまい、さらに咳き込んでしまう。
 いけない。
 レナのペースに乗せられてしまっている。

「いや、その、えっと……」
「ダメ? 本当になんでもするよ? フェイトがちょっと常識じゃない性癖でも、ボクは受け入れるよ?」
「そ、そんなことはないけど……あ、いや。そうじゃなくて」
「うん」
「僕は……ごめん。心に決めた人がいるから」

 レナがテロ組織の一員だとしても。
 僕に向けてくれる好意は本物のように感じたから、こちらも誠実に答える。

「僕は、他に好きな女の子がいるんだ」