「あむ、あむ、はむっ」

 アイシャは小さな口をいっぱいに開けて、フォークをぐーの手で握り、ホットケーキをぱくぱくと食べていた。
 はちみつで口の周りが汚れて、ホットケーキの欠片がぽろぽろと落ちてしまっている。

 それでも止まらない。
 尻尾をぶんぶんと勢いよく左右に振りつつ、夢中になって食べている。
 それくらい、エミリアの焼くホットケーキは絶品だった。

「アイシャちゃん、おいしい?」
「うん、おいしい!」

 キラキラと目を輝かせつつ、アイシャは頷いた。

 そんな孫娘を見て、エミリアはとてもうれしそうに笑う。
 自分が作ったお菓子をおいしいと言ってもらえることは、とてもうれしい。
 相手が孫娘であるのならば、なおさらだ。

「アイシャよ、おかわりはいるか? おじいちゃんが切り分けてやろうか?」
「もうちょっと、食べたいかも」
「よしよし。では、半分ほどか……せいっ」

 エドワードは、日頃から鍛えている剣の腕を惜しむことなく使い、ホットケーキを綺麗に半分に斬る。
 完全に技術の無駄遣いだ。

 しかし、アイシャはパチパチと拍手をして喜ぶ。
 その度に、エドワードはでへれというだらしのない笑みを浮かべる。

 かわいい孫のためならば、最高級の剣と技でホットケーキをいくらでも斬ってみせよう。
 わりと情けない決意を固めるエドワードであった。

「あー……」

 アイシャはおかわりのケーキを食べようとして、

「……うぅ?」

 ふと、フォークを持つ手が止まる。

 尻尾がピーンと立ち、毛が膨れ上がる。
 耳は落ち着きなくぴょこぴょこと揺れた。

「どうしたの、アイシャちゃん?」
「もしかして、お腹いっぱいになったのかい?」
「うう、ん……なにか、いやな感じがするの……」
「嫌な感じ、ですか?」

 エミリアは周囲の気配を探るように、目を閉じて集中して……
 次いで、険しい表情に。

「旦那さま」
「うむ……何者かわからぬが、不届き者が現れたみたいじゃな」

 気がつけば、屋敷を取り囲むように複数の人の気配があった。
 その存在を隠そうとしていないのか、いずれも強い殺気を放っている。

「エミリアよ。今、屋敷にいるのは儂らだけか?」
「はい。使用人達は皆、外に出ております」
「ふむ……ちょうどいい」

 エドワードは部屋の端にある剣を持ち、刃を抜いた。

「守る者が一人ならば、かえってやりやすいというもの。そして……」

 ガシャンッ! と窓が割れて、そこから覆面をつけた男が二人、飛び込んできた。
 それぞれ短剣を手にしている。
 刃が紫色に濡れているのは、毒を使用しているからだろう。

 普通の人は、毒を見れば警戒するだろう。
 しかしエドワードは違った。

「ふん、姑息な手を使う。そのような者に儂が負けるわけなかろう!」

 エドワードは怯むどころか、逆に戦意を上昇させた。
 敵が動くよりも先に自分が動く。

 風のような動きで覆面の懐に潜り込み、剣の腹でその頭を殴り倒した。
 返す剣で二人目の脇腹を打ち、ほぼほぼ同時に地に沈める。

「弱いな。一から訓練を詰み直してくるがよい」

 覆面は決して弱くはない。
 エドワードの門下生で覆面に勝てるものは、数えるほどしかいないだろう。

 しかし、それ以上にエドワードの方が圧倒的に強い。
 ましてや、今はアイシャがいる。
 孫娘の前でかっこいいところを見せようとするエドワードは、普段の三割増しの力を発揮していた。

 覆面が次々となだれ込んでくるものの、全て返り討ちにしていく。
 そんな鬼神のごとき活躍を見せるエドワードに恐れをなしたのか、覆面達は作戦を変更する。

「お前達は男を止めておけ! その間に、俺達が目標を確保する!」
「むっ!?」

 さらなる増援。
 その半分がエドワードに向かい、もう半分がエミリアとアイシャを狙う。

 いや。
 正確に言うのならば、アイシャだけを狙っていた。

「エミリア!」

 エドワードが叫ぶ。
 しかし、それは悲鳴ではない。

「遠慮はいらん、叩き潰してしまえ!」
「もちろん、そのつもりです」

 覆面が迫る中、エミリアはあくまでも笑みを浮かべたまま。
 そして、覆面の攻撃をすり抜けるように避けてみせた。

「なっ!?」

 必殺のはずの一撃が避けられて、覆面が動揺する。
 その隙を見逃さない。

「がっ!?」
「ぐぅ!?」
「ぎゃあ!?」

 いつの間にか、エミリアの手には剣が握られていて……
 三人の覆面が宙に舞う。

「わぁ」

 魔法でも見たような気分になり、アイシャは怖がるよりも先に驚いた。
 そして、エミリアの活躍をすごいと思った。

「おばーちゃん、強い?」
「はい、そうですよ。アイシャちゃんのおばーちゃんは、とても強いのです」
「すごい、ね」
「ふふ、ありがとう」

 エミリアは内緒の話をするように、そっと言う。

「実のところ、私は旦那さまよりも強いのです」
「おー」
「なので、アイシャちゃんは絶対に守るので、安心してくださいね」

 アイシャを安心させた後、エミリアは愚かな襲撃者達に向き直る。
 その顔は笑っているが、目はまったく笑っていない。

「屋敷に土足で踏み入るだけではなくて、孫娘を狙うなんて……ふふ、覚悟してくださいね?」

 アイシャは思う。
 やっぱり、エミリアはソフィアの母親なのだなあ……と。