「なん……だと!?」

 衝撃的な事実を告げられて、エドワードは目を大きくした。

 いや。
 衝撃的というわけではない。
 フェイトとソフィアは隠すようなことはしていないし、まったく気づいていないのはエドワードくらいだ。
 フェイトに固執するあまり、他に目がいっていなかったのだろう。

「あ、あの小僧……儂のソフィアに手を、だ、出していたというのか……!?」
「好き合っているのですから、手を出していたとしても不思議ではありませんよ。二人共、もう子供ではないのですから」
「ぐ、ぐぬぬぬっ……!」

 エドワードの怒りが爆発しようとするが、

「ただ、まだそういう関係には発展していないのでしょうね」

 エミリアの一言で、怒りが保留される。

「どういうことだ?」
「ソフィアは、ああ見えて、そういうことに関しては奥手ですから。そういう雰囲気になっても恥ずかしがり、自分からは行動できないと思いますよ。スティアートくんは、とても誠実な子なので、結婚するまでは……なんて考えているのではないかと」
「仮にそれが正しいとしたら……この子はどういうことだ? 二人の……娘、なのだろう?」
「その辺りは、まだ詳細を聞いていないのでわかりませんが……養子ということでは?」
「むう」
「そもそも、種族が違いますよ? 血の繋がりがないことは明白だと思いますが」
「……」

 そういえば、と今更ながら気づいた様子で、エドワードは再び目を丸くした。

「ですが、ソフィア達にとって血の繋がりは関係ないのでしょうね。アイシャちゃんを見ていれば、とても愛されていることがわかります」

 そう言うエミリアは、とても優しい顔をアイシャに向けていた。
 そんな視線を感じ取ったアイシャは、エミリアを優しい人と認識する。

「おいで」
「……ん」

 エミリアが両手を広げると、アイシャそこにすっぽりと収まる。
 少しおどおどしているのだけど、

「よしよし」
「んぅ」

 頭を撫でられるとすぐに心を許したらしく、尻尾をうれしそうに振る。
 時折、わんっ、と小さく鳴いていた。

 そんな二人を、エドワードはどこかうらやましそうに見る。
 そして、そんな自分に気がついて愕然とする。

 儂は、妻と小娘のやりとりを見て、うらやましいと思っていたのか?
 儂もああしたいと、そう思っていたのか?

 エドワードの中で妙な葛藤が生まれて……
 そんな夫を見たエミリアは、今度はエドワードの方に向けて、アイシャの背を軽く押す。

「旦那さまがアイシャちゃんとコミュニケーションをとりたいみたいなので、声をかけてあげてくれませんか?」
「あう……」

 アイシャは迷うような感じで、尻尾をしゅんとさせた。

 そんな反応を見て、エドワードは、胸に矢を受けたような衝撃を覚える。
 味わう感情は……悲しみ。
 ひたすらの悲しみ。

 なぜだ?
 なぜ儂は、たかが小娘に拒絶されたくらいで落ち込んでいるのだ?

 わけのわからない感情に、エドワードは動揺してしまう。

「アイシャちゃん、大丈夫ですよ。ああ見えて、旦那さまは子供が好きなので」
「う?」
「ほら、旦那さまも怖い顔をしないでください。緊張しているのはわかりますが、孫の前ですよ?」
「……孫……」

 それは、とても甘美な響きだった。
 自然と体の力が抜けていき、心が温かいもので満たされる。

「……おじーちゃん?」

 アイシャは首をコテンと傾けつつ、確認するようにそう言った。

「っ!!!?」

 エドワードは胸元を押さえて、ぐらりとよろめいた。

 おじいちゃん。
 なんていう破壊力だろうか。
 たったの一言で、剣術道場の師範とあろうものが倒されてしまいそうになるなんて。

「大丈夫?」

 ふらついたエドワードを心配するように、アイシャはとてとてと歩み寄ってきた。
 その仕草がたまらなくかわいい。
 どこか小動物に似ていて、永遠に見ていることができそうだ。

「う、うむ……儂は大丈夫じゃ」
「んー」

 アイシャは心配そうにした。

 なにかを考えるような仕草を取り……
 ややあって、閃いた様子で笑顔になる。

 小さな両足をいっぱいに伸ばして、エドワードの胸元に手をやる。
 そして……

「いたいのいたいの、とんでけー」

 両親にたまにしてもらうおまじないをした。

「元気になった?」

 アイシャは得意げだった。
 これなら大丈夫、と思っているらしい。

 そんな孫娘を見て、エドワードは……

「……尊い……」
「ふぁ?」
「うむ、うむ。ありがとう、アイシャ。おかげで助かった。このようなことができるなんて、アイシャはかわいいだけではなく、すごい子なのじゃな」

 エドワード、陥落。
 いかなる頑固者であろうと、孫に勝てる老人はいない。

 孫娘の魅力にすっかりやられてしまったエドワードは、にへら、という決して弟子には見せられない情けない顔になる。

 今のエドワードは怖くない。
 むしろ、優しそうだった。

 なぜそんな風になったのか?
 アイシャはさっぱりわからなかったが……
 ただ、優しいならそれでいいや、と途中で思考を放棄した。

「おじーちゃん♪」
「おー、よしよし」

 祖父に甘えるアイシャ。
 初孫ができたことを実感して、これ以上ないほどに甘やかそうとするエドワード。
 そんな二人を見て、エミリアはやれやれと苦笑するのだった。