夜になるのを待ってから動いた。

 本当は、すぐにでも動きたかったのだけど……
 できる限りの情報収集をしておきたかった。
 それと、闇夜に紛れるために、夜になるのを待った。

「けっこうチョロそうな警備ね」

 ニードル家の屋敷は、街の中心部から少し離れたところに建てられていた。

 大きな庭があり、家の裏手にプールも完備されていた。
 アスカルト家よりも広く、屋敷も大きい。

 ただ、リコリスに偵察に行ってもらったところ、警備の兵はさほどいないらしい。
 ゼロということはないけど、ネズミ一匹通さない警備網ではないようだ。

「これなら、なんとかなるかな?」
「このスーパーウルトラハイパーミラクルワンダフルエクストラ美少女怪盗リコリスちゃんが先導してあげる!」
「長いよ……」
「でも、アイシャを置いてきてよかったの?」

 そう。
 リコリスが言うように、アイシャはソフィアの実家に置いてきた。
 本人は一緒に行きたそうにしていたものの、なにがあるかわからないし、さすがに連れてくるわけにはいかなかったのだ。

「あの頑固じじいにいじめられたりしない?」
「大丈夫だよ」

 エミリアさんがいるから、そんなことにはならない。

「それに、エドワードさんは僕が嫌いなだけで、アイシャのことは好きになると思うよ」
「そうかしら? まあ、アイシャがかわいい、っていうのはあたしも認めるけどね。でも、絶対とは言い切れないじゃない? なにか根拠でも?」
「あるよ」
「どんな?」
「おじいちゃんは孫に弱いものだからね」



――――――――――



「……あぅ」

 アイシャは落ち着かない様子で、部屋の隅で膝を抱えて床に座っていた。

 フェイトとリコリスがソフィアの救出に向かった後……
 アイシャは留守番をすることになり、アスカルト家の客間の一つに滞在していた。

 ただ、見知らぬ場所に一人。
 頼れる人は誰もいない。
 心細く、自然と部屋の隅で丸くなっていた。

 尻尾が落ち着きなく揺れている。
 耳がペタンと沈んでいる。

「おとーさん……おかーさん……」

 早く帰ってきてほしい。
 そう願いつつ、寂しさと不安を我慢していると……

 コンコン、と扉がノックされた。

「は……はぃ」
「こんばんは」
「……ふん」

 姿を見せたのは、エミリアとエドワードだった。

 優しそうな人と怖い人が一度にやってきた。
 アイシャはどうしていいかわからず、混乱して、カーテンを頭からかぶってしまう。
 そんなことをしても意味はないのだけど、隠れずにはいられなかった。

「アイシャちゃん」
「……」
「おいしいお菓子を持ってきたの。一緒に食べませんか?」
「っ」

 ピクリ、とアイシャの犬尻尾がはねた。
 恐る恐るカーテンから抜け出して、エミリアを見る。

「焼き立てのアップルパイですよ。私が作ったものですが、とてもおいしいと思いますよ」

 スンスンとアイシャが鼻を鳴らす。
 香ばしいパイの匂いとりんごの甘い匂い。
 たまらない。
 アイシャは目をキラキラとさせて、ソファーに座り。フォークとナイフを手に取る。

 ここにフェイトとソフィアがいたら、食べ物に釣られないように教育しなくては、と頭を抱えるだろう。

「おい……しそう」

 アイシャの尻尾はブンブンと横に大きく揺れていた。
 口の端から、ちょっとよだれも垂れていた。

 アイシャの食欲がすさまじいのか。
 それとも、エミリアの焼くアップルパイの破壊力がすさまじいのか。
 なかなかに判断に迷う光景だ。

「ふふ、すぐに切り分けてあげますからね。あと、一緒に紅茶を飲むとおいしいですよ? あ、旦那さまもどうぞ」
「……うむ」

 こうして、三人の奇妙なお茶会が始まった。

 アイシャはびくびくしつつも……
 アップルパイの誘惑に逆らえず、パクリと一口。
 そして、目をキラキラと星のように輝かせた。

「おいしい」
「ふふ、ありがとうございます」
「……まあまあだな」
「もう。旦那さまは、いつもそればかり。作りがいがありませんね」
「悪くはないと言っておる」
「私は、アイシャちゃんのようなとても素直な感想が欲しいですわ」
「……むう」
「はぐはぐはぐっ」

 エドワードの視線がアイシャに向けられた。
 そのことに気づいた様子はなく、アイシャは一心不乱にアップルパイを食べている。

「そもそもの話」
「どうしたのですか?」
「この娘は、誰なのだ? ソフィアとあの小僧と一緒にいたようじゃが……」
「……はぁ」

 やれやれと、本気で呆れた様子でエミリアはため息をこぼした。

「あの子達が、何度も何度も言っていたではありませんか」
「なんと?」
「アイシャちゃんは、ソフィアとスティアートくんの娘ですよ。つまり、私達の孫ですね」