「ソフィアがさらわれた!?」

 その話を聞いたのは、夕暮れだった。

 ソフィアの顔合わせのことが気になりつつも、邪魔をしてはいけないと、アイシャとリコリスと一緒に部屋で待機していて……
 やけに遅いな? と思ったところで、顔を青くしたメイドさんが駆け込んできた。

 連れて行かれた先には、顔色を悪くしたエドワードさんとエミリアさん。
 そして、二人の口から許嫁候補だった男……アイザック・ニードルがソフィアをさらい、姿を消したことを伝えられた。

「まさか、そんなことが……」
「っていうか、あのソフィアをさらえるヤツなんているの?」

 リコリスの指摘はもっともだ。
 ソフィアは剣聖で、エドワードさん以上の力を持つ。
 そんな彼女をさらうなんて……

 メイドがひたすら申しわけなさそうにしつつ、言う。

「残っていたグラスを調べてみたところ、薬の痕跡がありまして……」
「なーる。いくらソフィアでも、薬には勝てないわよね」
「……犯人、アイザックのことを教えてください」

 今すぐにソフィアを助けに行かないと!
 本能に近い部分がそう叫んでいるものの、しかし、闇雲に調べても意味はない。
 確実に、絶対に無事に救出できるように、万全を期さないといけない。

 そのためにも、まずは犯人の情報が必要だ。
 ここにきて仲違いしている場合ではないと判断したらしく、エドワードさんは素直に情報を提供してくれる。

「うむ……今回、ソフィアの許嫁候補として選んだのは、アイザック・ニードル。この街に居を構える貴族の一人息子じゃ」
「貴族ですか……人柄はわかりますか?」
「やや自信過剰なところはあるが、親と似ず、真面目な青年だ。剣の腕も立つ。候補としては、ピッタリの相手ではあったのじゃが……」

 候補としては?
 その言葉に引っかかりを覚える。

 普通は、ソフィアの旦那としては、と言わないだろうか?
 候補という言葉を使うと、まるで……
 そこで終わってしまいそうじゃないか。

 って、今はそれはいい。
 もっと情報を聞いておかないと。

「真面目なのに、ソフィアをさらったんですか?」
「信じられないが、そうなるな……」
「目的はわかりますか? 推測でもいいので」
「もしかしたら、アイスによからぬことを吹き込まれたのかもしれぬ」
「アイス?」
「アイザックの父親じゃ。この街の有力貴族の一人で、儂のライバルというべきか。次の領主候補とも言われていて、敵視されているな」
「うーん?」

 次期領主になりたいアイザックが、アイスにソフィアを誘拐するように命令した。
 ソフィアを盾にして、領主を降りろとか譲れとか、そう要求するつもりだった。

 そう考えると辻褄は合うのだけど……

「ちょっとずさんすぎないかな?」

 辻褄が合うというだけで、とてもじゃないけれど綿密な計画とはいえない。
 ちょっとしたミスが原因で一気に瓦解してしまうような、適当極まりない計画だ。

 それに、アイザックな真面目な性格と聞くし……
 例え父親の命令でも、そんな無茶無謀な計画に協力するだろうか?

 なにか嫌な感じがする。

 誰かの手の平の上で踊らされているような……
 いつの間にかクモの巣に捕らえられていたかのような。
 心がザワザワとした。

「フェイト、どうするの? 殴り込みでもかける?」
「い、いかん! アイザックの犯行であることは、ほぼほぼ間違いないが、証拠がないのじゃ。それに、アイスが関わっているという確証もない。それなのに無茶をしては、ヤツの好き勝手を許してしまうことになる!」

 ソフィアを無事に助けるため、努めて冷静に物事を整理していたのだけど……
 うん、ダメだ。
 今の発言は無視できない。

「エドワードさんは領主だから、色々なことを考えないといけないと思います」
「む?」
「でも、今の発言は、ソフィアのことをまったく考えていません。今、彼女がどうなっているかわからないのに、他のことばかり考えて……立場もあると思いますが、でも、親ならこんな時くらい少しは娘のことを考えてあげてください!」
「う……ぬぅ……」

 エドワードさんはなにか言おうとして、しかし、口を閉じてしまう。

 エドワードさんは領主なのだから、色々とあるのだろうけど……
 それでも、もう少しソフィアのことを気にかけてほしかった。

 そんな僕の言葉は届いたらしく、エドワードさんは下を見てしまう。
 己の言動を恥じているかのようだった。

「で、どうするの、フェイト?」
「えっと……」

 考える。
 考える。
 考える。

「よし」

 答えを出した。

「殴り込みはしない」
「えー」

 なんで、そこでリコリスは残念そうにするのかな?

「でも、こっそりと忍び込む」