一週間後。

 ソフィアは、実家の自室にいた。
 ドレスに着替え、きらびやかな装飾品で身を飾っている。

「わぁー……おかーさん、きれー!」

 アイシャはキラキラと目を輝かせて、尻尾をブンブンと横に振っていた。
 その気持ちはよくわかる。

 今のソフィアは、地上に舞い降りだ女神のようだ。
 全身が宝石のようにキラキラと輝いている。
 それでいて嫌味な感じはなくて、自然体。
 彼女の魅力は何倍にも増していて、視線を離すことができない。
 ずっとずっと、いつまでも見つめていたい。

「はう……」

 ソフィアが耳まで赤くなり、両手で顔をおさえてしまう。
 あれ、どうしたのだろう?

「フェイト。あんた今、全部、言葉にしてたわよ」
「えっ」

 しまった、なんていう失敗をしてしまったんだ。
 あわあわと慌てる。

「えっと、その……ごめんね、ソフィア」
「い、いえ、私は気にしていないので……」
「でも、ウソとかお世辞とか、そういうわけじゃないから! 全部、本気だから! あまりに綺麗なものだから、それで、ついつい本音がこぼれて……」
「うぅ……フェイトは、私を恥ずかしさのあまり殺そうとしているのですか? それとも、喜ばせすぎて昇天させようとしているのですか?」
「あれ?」

 謝罪して、落ち着かせるつもりが、ソフィアはさらに赤くなってしまった。
 なんで?

「いい、アイシャ? あんたの父親と母親は、バカップル、っていうの。はい、復唱」
「ばかっぷる?」
「うん、それでよし」
「「変なことを教えないで!!」」



――――――――――



 きらびやかなドレスに身を包んだソフィアは、屋敷で一番の客間に移動した。
 そして、ため息。

「顔合わせとはいえ、わざわざこのような格好をしないといけないのは、あまり気が進みませんね」

 フェイトのためならば、いくらでも、喜んで着飾ろう。
 最大限にメイクをして。
 限界突破をして綺麗になってみせよう。

 しかし、今回は違う。
 見ず知らずの相手に、このドレス姿を見せなければいけない。
 そのことが、ソフィアのテンションを著しく低下させていた。

「そういえば……」

 許嫁の名前を聞き忘れていた。
 いったい、どこの誰なのだろうか?
 少しくらい八つ当たりをしても構わないだろうか?

 物騒なことを考えていると、扉がノックされる音が響いた。

「はい」
「失礼します」

 姿を見せたのは、二十代半ばくらいの男だった。
 立派な服で身を飾っているが、それに負けないくらい、顔は綺麗に整っていた。

 眼鏡をかけているからか、その笑顔はとても穏やかなものに見えた。
 事実、男はゆっくりと、落ち着いた仕草で礼をする。

「ソフィア・アスカルト嬢ですね? はじめまして。俺は、アイザック・ニードルと言います。よろしくおねがいします」
「ソフィア・アスカルトです」

 ソフィアは立ち上がり、同じく礼を返した。
 それから、互いに向き合うように席に座る。

 ひとまず、笑顔で雑談を交わす。
 当たり障りのない内容の会話だけど、これは相手の出方をうかがうようなもの。

 まずは、どのような性格なのは見極める。
 許嫁の話は断ること前提ではあるが……
 もしも性格が良く、長けた能力を持っているのならば、ここで繋がりを作っておいた方がいいだろう。
 そう判断してのことだ。

 それにしても……?

 ソフィアは、心の中で子首を傾げた。
 ニードルという姓は、どこかで聞いた覚えがある。
 どこだっただろうか?
 おぼろげな記憶を手繰り寄せるものの……

「それにしても」

 思い出すよりも先に、アイザックが話題を変えて、意識がそちらに持っていかれてしまう。

「ソフィアさんは、とても聡明な女性なのですね」
「あら。そんな言葉をいただけるのはうれしいのですが、どのような根拠で?」

 適当を言うのなら叩く。
 そんな想いを心の中に隠しつつ、ソフィアは笑顔で問いかけた。

「今、俺のことがどのような人間なのか、推し量っているでしょう?」
「……なんのことでしょうか」
「ごまかさなくていいですよ。その目。それと、話のテンポ……俺のことを見定めているとしか思えませんからね」
「鋭い観察眼を持っているのですね」
「恐縮です。俺は父の仕事を手伝っているのですが、その性質上、自然と目が鍛えられまして」
「なるほど……」

 油断のならない男だ。
 そう思う一方で、ソフィアはアイザックの評価を上方修正した。
 思っていた以上に頭の回転が早い。

(でも……)

 アイザックならば、ソフィアにその気がないことはすでに気がついているだろう。
 それなのに話を続けるのは、どういう意図があってのことか?

 しばらくは話をしなければいけないと、ソフィアに付き合ってくれているからなのか。
 あるいは、同じようにソフィアを見定めているのか。
 もしくは……最悪の可能性ではあるが、ソフィアを気に入り、なんとしても手に入れようと機会をうかがっているのか。

 どうにも判断がつかず、ソフィアは小さな吐息をこぼした。

「ところで、ソフィアさんはワインはお好きですか?」
「ワイン、ですか?」
「とても良いワインが手に入ったので、ぜひ、ソフィアさんと一緒に飲みたいと思いまして」
「えっと……そうですね。なら、少しいただきます」

 断るのも失礼と思い、ソフィアはその申し出を受けた。

 アイザックは合図をして、従者と思わしき者にワインを持ってきて、グラスに注いでもらう。
 冷えているところを見ると、断られることは考えていなかったのだろう。

「では、そうですね……俺達の出会いに乾杯を」

 先にアイザックがワインを飲み、そして、ソフィアもワインを飲んだ。
 そして……

「なっ……!?」

 ぐらりと、ソフィアの体が揺れた。

「あなたと、あなたの剣をもらいますよ」