「キミは……」

 確か……この前、食堂で出会った女の子。

「レナ?」
「やった♪ ボクのこと、ちゃんと覚えていてくれたんだね」
「それは、まあ」

 色々な意味でインパクトの強い女の子だった。
 そうそう簡単には忘れない。

 それに、まあ……
 一応、告白をしてきた女の子だ。
 そんな子をすぐに忘れるほど、薄情じゃないつもりだ。

「やっぱり強いんだね、フェイトは」
「もしかし、今の見て……?」
「うんうん。なにか起きてるなー、って思って覗いてみたら、フェイトとそこの男が戦っていたから、つい」
「けっこう危ない真似をするね……とばっちりを受ける可能性もあったのに」
「大丈夫。フェイトも知っていると思うけど、ボクは強いからねー」

 あっけらかんと言うレナ。
 その言葉は誇張や虚勢ではないだろう。
 確かな自信と力を感じられる。

「その男、死んじゃった?」
「いや、生きているよ。けっこうなダメージを与えたから、治癒院に直行することになると思うけど……でも、死ぬまでの怪我じゃないはず」
「頑丈だねえ」
「うん……なぜか」

 男が持つ魔剣に目が行く。
 この魔剣が、男に力を与えるだけではなくて、尋常ではない耐久力も与えているのだろうか?

「その剣がどうかしたの?」

 視線などから、僕が剣に注目していることに気がついたのだろう。
 レナが、そんなことを尋ねてきた。

「なんていうか……僕もわからないことだらけなんだけど、この剣、特別なものらしくて」
「へー。名工が打った一品物とか?」
「どう……なんだろう? そういうまともな剣じゃなくて、もっとこう、歪で危険なもののように思えるんだけど……詳しくは知らないんだ」
「そう言われると、なんか危ない感じがするかもね」

 軽く言いつつ、レナは魔剣をひょいっと気軽に手にしてしまう。

「あっ!?」
「うーん……重さは普通。握り心地も普通。でも、なんか、他の剣にはない力を感じるかも?」

 レナに……異常はない。
 なんてことないという様子で、剣についての感想を並べている。

 迂闊に触れたら危険だと思ったんだけど……
 そんなことはないのかな?

「フェイトも持ってみる?」
「えっと、それじゃあ……」
「あっ」

 レナが僕に魔剣を手渡そうとして……
 しかし、その直前に、ポキリと刀身が折れてしまう。

 そこからヒビが全体に広がり……
 最初に、埋め込まれている宝石が砕けた。
 それと連動するかのように、剣も粉々に砕けて、塵となってしまう。

「「……」」

 固まる。
 レナも固まる。

 ぎぎぎ、とぎこちなく動いて、互いに目を合わせる。
 そのまま、しばらくの間、沈黙した。

「……これ、ボクのせい?」
「……どうなんだろう?」
「……見なかったことに」
「……それは無理かも」
「だよねー」
「あはは」

 乾いた笑い。

「なんでぇえええええ!?」

 ややあって、レナの悲痛な叫び声が響いたという。



――――――――――



 その後、通報によって騎士団が駆けつけてきた。
 それから、冒険者ギルドの関係者も協力して、現場検証が行われた。

 今までの情報から、男が漆黒の剣鬼で間違いないという判断がされた。

 ただ、僕との戦いで、男はそれなりの怪我が。
 騎士団に併設されている治癒院に運び込まれることになり、尋問は後回しに。

 代わりに、僕とレナが事情聴取を受けることになった。
 僕は冒険者で、依頼を請けて動いていたため、特に怪しまれることはない。

 ただ、レナは別。
 他所からやってきた旅人らしく、身分を証明するものがない。
 その上、魔剣を壊して? しまった。

 男の仲間ではないか? と疑われることになり、根掘り葉掘り聞かれていた。

「うー……ひどい目にあったよ」

 ようやく解放されたレナは、とても疲れているらしく、ぐったりとしていた。

 僕は先に解放されていたのだけど……
 一人だけ先に帰る、というのは薄情な気がして、待っていることにした。

 ソフィアに知られたら怒られてしまいそうなんだけど……
 うーん。
 どうしてか、レナを放っておくことができないんだよね。

「おつかれさま」
「疲れたよぉ……ボク、なにもしてないのに犯人の一味じゃないかとか協力者じゃないかとか、あれこれ疑われるし」
「魔剣を砕いちゃったのがいけなかったのかもしれないね」
「それも、ボクのせいじゃないのに……はあ、とにかく疲れた」

 ふらふらとしてて、ともすればそのまま倒れてしまいそうだ。
 肉体的な疲労というよりは、精神的な疲労が強いのだろう。

「一緒にごはんでも食べる? おいしいものを食べて、元気を出して」

 レナを誘ったのは、決してやましい気持ちからではない。
 なんとなく、レナともう少し話をしたいと思ったのだ。

「おごり?」
「うん」
「おー! ……って、喜びたいところなんだけどね」

 レナは、がくりと肩を落とす。

「ボク、ちょっとした用事の最中なんだよね。これ以上遅れたら、とんでもない大目玉をくらっちゃうから、残念だけど」
「そっか……」
「じゃあ、またね!」

 レナはにっこりと笑い、手を振りながら立ち去る。
 僕も手を振り返して……

「うん?」

 なにか違和感を覚えるのだけど……
 しかし、その正体に辿り着くことはできず、もやもやとした気持ちになるのだった。