「どうして、こんなことを!?」

 答えが返ってくるかわからないのだけど、でも、問いかけずにはいられなかった。

 僕達冒険者は、誰かのためにある。
 自分のために力を使うのではなくて、困っている人を助けるためのものだ。

 それなのに、通り魔になるなんて……

「……俺は、強い」

 意外というべきか、返事があった。
 ややかすれた声で、静かに言う。

「力を手に入れた」
「力……?」
「全て、俺の前にひざまずくべきだ……そう、そうでなければいけない。だから、従わない者は斬る……そう、斬らなければいけない。もう二度と、あの男に負けるわけにはいかない。屈するわけにはいかない」

 ぶつぶつと言葉を並べるものの、意味がわからない。
 この人は、いったいなにを言いたいのだろう?

 突然、話が飛んだかと思えば、脈絡のない言葉を並べて……
 意味不明すぎる。
 こんなことを言うのはなんだけど、正気なのだろうか?

「あの男……エドワードを……斬る!」
「なんだって?」

 エドワードさんの関係者?
 だとしたら、いったい……

 目を見る。

 男の目は、川底のヘドロのように淀んでいた。
 見ているだけで、吸い込まれてしまいそうな、そんな錯覚を抱く。

「あなたは、いったい……」
「そう……俺は、勝者になる。ならなければいけない」
「あっ……!? その剣、もしかして……?!」

 男の剣は初めて見るのだけど、しかし、見覚えがあった。
 そんな矛盾した感想。

 漆黒の刃は、わずかに湾曲している。
 赤い宝石がハメこまれていて、血のような輝きを放っている。

 心がザワザワとするような感覚。
 本能的な嫌悪感。

 間違いない。
 これは……魔剣だ。

「あなたは、どこでその剣を……?」
「ウゥ……」
「もしかして、様子がおかしいのは、その魔剣のせい? 魔剣は人を狂わせる……? でも、ドクトルは……」

 いや、まった。
 ドクトルは、一見、正気に見えたけど……
 その行いは狂気意外の何者でもなかった。

 もしかして、ドクトルも魔剣に侵されて狂っていた?

「お前は、俺の正義を邪魔するのだな? ならば、断罪しなければならない。そう、これは世界のためなのだ」
「その剣を捨てろ! その剣は……ダメだ!!!」

 このまま放置したらいけない。
 この人にとっても、他の人にとっても、災厄にしかならない。

 危機感を覚えて、頭の中で警報が鳴る。
 それに突き動かされるまま、僕は前に踏み出した。

「はぁっ!!!」

 全力の上段斬り。
 しかし、敵もさるものながら、しっかりとした動きで僕の攻撃を受け止めてみせる。

 さらに連続で剣を叩き込むものの、全て防がれてしまう。

 男の様子を見る限り、自我があるか非常に怪しい。
 ただ、その技は体に染み込んでいるのか、剣の腕はまったく衰えていない。
 むしろ、魔剣を手に入れたことで、さらに強くなっているみたいだ。

「さあ、死ね!」

 男のカウンター。
 僕の連撃のわずかな隙を突いて、懐に潜り込んできた。
 その勢いのまま、こちらの胸に剣を突き立てようとする。

 速い!

 まるで風のような攻撃だ。
 体を捻り、ギリギリのところで避ける。

 男の攻撃は止まらない。
 今度は自分の番というように、立て続けに剣を振る。

 右から左へ。
 跳ねたように斜め下へ飛び、そこから直上へ跳ね上げる。

 変幻自在の剣筋というべきか。
 速度がすさまじいだけではなくて、動きもトリッキーなため、回避が精一杯だ。

「死ね! 死ね! 死ね!」
「わかりました、死にます……なんて言うわけないよ!」
「ならば……死ね!」
「ああもうっ、会話が成り立たない!」

 説得は不可能。

 倒すか……それとも、殺すか。
 その二択しかないだろう。

 できるのなら、前者にとどめたいのだけど……
 そんな余裕、あるかどうか。

「落ち着け、落ち着くんだ、僕」

 一度距離を取り、深呼吸を一回した。
 そして、ソフィアとの稽古を思い返す。

 敵は強い。
 とてつもなく強い上に、魔剣を持っている。
 想定外の展開だ。

 ただ……

 恐怖はない。
 これくらいなら、ソフィアの方が怖い。
 稽古をした時の方が、何倍も怖い。

「……よし」

 心を落ち着かせることに成功した。
 今なら、多少はなんとかなるはず。

「神王竜剣術・壱之太刀……」

 男が突っ込んできた。
 一瞬で目の前に迫るほどの、脅威的な速度だ。

 でも。

 僕の方が速い!

「破山っ!!!」

 全身全霊の一撃。
 山を断ち割るような、極大の斬撃を繰り出してやる。

 ここまできたら、男の生死を気にする余裕はない。
 できるのならば、という思いはあるのだけど……

 でも、僕の方が格下だ。
 手加減する余裕なんてないし、そんなことを考えれば即座にやられてしまう。

 ソフィアがいる。
 アイシャがいる。
 リコリスがいる。
 僕を待ってくれている人を悲しませないためにも、悪いけど、僕自身を優先させてもらう!