12話 こうなれば直接!

「さて……第一、第二の試験をスティアートは無事に突破した。力も知識も示された。こうなれば、第三の試験は必要ないかもしれないな。ワイバーンを討伐するし、豊富な知識を持っているし、かなり優秀じゃないか」

 筆記テストを終えて、ソフィアと合流した後……
 アイゼンがそんな話をする。

「それじゃあ、推薦人になってくれるんですか?」
「そうだな、それで……」
「おっと。その話、待ってくれないか?」

 突然、第三者の声が割り込んできた。
 振り返ると、シグルド、ミラ、レクターの三人の姿が。

 ソフィアが殺気を放ち、彼らを睨みつける。

「なにか用ですか? 私達は今、とても大事な話をしているのですが」
「うっ……」

 一瞬、怯むシグルドだけど……

「……俺も大事な話があるんだよ。部外者が邪魔するんじゃねえ」
「へぇ……私を部外者と言いますか。その度胸だけは認めてあげてもいいですが、時に、口が災いとなり命を落とすこともあるのですよ?」

 ソフィアが剣の柄に手を伸ばす。

 だから、沸点が低いよ。

「落ち着いて、ソフィア」
「ですが……」
「とりあえず、シグルド達の話を聞こう。もしかしたら、大事な話かもしれない」

 まあ、つまらない内容の可能性が高いと思うけどね。

 それでも、無視はできない。
 なにか企んでいるのなら、ここで阻止しておきたいと思うし……
 つまらない内容だとしても、逃げることはしたくない。

 僕は、シグルド達と……
 過去に決着をつけないといけないんだ。

「シグルド達か……なんの用だ? まあ、ちょうどいい。彼を無理矢理に奴隷にしていたそうだな? そのことについて、詳しく話が聞きたい」

 アイゼンが問いかけると、シグルドはヘラヘラと笑いつつ言う。

「イヤだなあ、無理矢理なんてことはしてないぜ? ソイツは金が原因で奴隷に堕ちて、俺達はそれを買っただけ。なにも問題はないさ」
「その言葉を信じるだけの証拠は?」
「ないな。でも、俺達がコイツを無理矢理に奴隷にした、っていう証拠もないだろ?」
「む……」
「いいのか? 規則を重んじるギルドマスターとあろうものが、証拠もなしに処断するつもりか? それは、ちとまずいんじゃないか?」
「お前……」

 証拠がないから、シグルドはとことん強気だ。
 アイゼンは怒りを覚えた様子ではあるが、それ以上はなにもできないらしく、悔しそうにしていた。

「いいですよ、僕のことなら気にしないでください」
「しかしだな……」
「今は解放されているし、強くは気にしません。ソフィアと再会できたから、それでよしとします」
「……わかった、お前がそう言うのなら」

 話がまとまった……と思ったけど、それは勘違い。
 シグルド達の本題は、これかららしい。

「ところで、ギルマスはソイツの力を確認したって言うが、それは本当かい?」
「ああ、間違いない。スティア―トは課題をこなすだけではなくて、ワイバーンも討伐してみせた」
「それは、俺も小耳に挟んだけどな。でも、普通に考えてありえないだろ。無能の中の無能がワイバーンを討伐するなんて、天地がひっくり返ってもありえねえ。大方、どこかで牙と爪を買って、自分で倒したように見せたんだろうさ」
「そんなことは……」
「ないって断言できるのか? 証拠は」
「む」

 痛いところをつかれたという感じで、アイゼンが苦い顔に。
 日頃、規則を重んじている様子なので……
 こういうところをつかれると反論できないのだろう。

 いいようにしてやられているというイメージもあるが……
 ただ、アイゼンの知識以上に、シグルド達がとても狡猾なのだろう。

「ギルドマスター、フェイトは不正なんてしていません。私は、こっそりと後をつけていました。彼がワイバーンを倒すところを、この目で見ました」
「いや、しかし……シグルド達の言い分を無視するわけにはいかん」
「そんな!?」
「アスカルトの証言だけでは、少し弱い。幼馴染だから、ウソの証言をしているのでは? と勘ぐる者も出てくるだろう。それを抑え込むだけの、確かな証拠が欲しい」
「……石頭ですね」
「それが、ギルドマスターというものだ。悪いな」

 アイゼンがシグルド達に視線をやる。

「とはいえ、スティアートが不正をしたという証拠もない。なので、試験は合格ということで話を進めようと思うが……お前達は、俺の決定に異を唱えるつもりなのか?」
「んなつもりはねえさ。ただ、判断が早いんじゃないか、っていう話だ」
「ほう」
「力があるかどうか。そこを、もう一回、しっかりと確認した方がいいんじゃねえか?」
「そーそー、シグルドの言う通りだって。冒険者は、力がないとやってけないからね」
「彼は、力があるかどうか怪しい部分がある。ならば、皆の前で誰かと模擬戦をして、それで判断をするのがいいと思いますが、いかがでしょう?」
「ふむ……」

 レクターの提案に、アイゼンは考えるように顎髭を指先で撫でた。
 ややあって、コクリと頷く。

「いいだろう。最後の試験を模擬戦とすることで、フェイト・スティアートを冒険者登録するか否か、決めようではないか」
「俺達の意見を聞いてくれて、感謝するぜ、ギルマス」
「ただ、後で色々と話は聞かせてもらうぞ」
「ああ、いいぜ。で……ものはついでなんだが、もう一つ、提案がある」
「聞こう」
「俺が模擬戦の相手になるぜ、どうだ?」

 シグルドはそう言うと、こちらを見てニヤリと笑う。
 その顔は、叩きのめしてやる、と言っているかのように歪んでいた。

 なるほど……最初から、これが目的だったわけか。
 たぶん、昨日、誘いを断ったことに腹を立てて……
 正式に僕を叩きのめすために、模擬戦を提案して、その相手に立候補したのだろう。

 なんていうか……

「あなた達、本当に、心と魂がねじ曲がっているのですね」
「なんだと!?」

 ソフィアがため息をこぼすと、シグルドは声を強くした。

 しかし、彼女にとって、それは子犬の遠吠えと変わらない。
 まったく怯えることなく、逆に冷たい視線を送り返す。

「くだらないことを考えるのですね」
「さてな、なんのことか。俺はただ、その無能が厳しい現実に押しつぶされるよりも前に、冒険者ってものを教えてやろうとしてるだけだぜ?」
「ものは言いようですね。あなたは、ただ憂さ晴らしがしたいだけでしょう? そのようなことに、私のフェイトを何度も何度も傷つけてきて……やはり、切り刻んておくべきでしょうか? ふふっ」
「ひぃっ」

 シグルドが一歩、後退する。

「ソフィア、冗談はそこまでにして」
「あら、私は本気なのですが?」

 ソフィアって、怒らせると怖いんだよね。

「そりゃまあ、僕も色々と思うところはあるけど……でも、前も言ったと思うけど、シグルドは今はなにもしていないから。僕の件についても、証拠はないし……ここでなにかしたら、ソフィアが罪に問われるよ」
「そ、そうだ! それに、俺になにかあれば、コイツは永遠に冒険者になれねえぞ!」
「えっと……もしもなにかあった場合は、他の冒険者の方が模擬戦の相手になると思うのですが」

 少し離れたところで話を聞いていた受付嬢が、そんなことを言う。

 この世の終わりかと思うくらいに、シグルドが青くなる。
 ソフィアが剣聖ということは知っているらしく、ミラとレクターも青くなる。

「えっと……とりあえず、僕にがんばらせてくれないかな? 一応、僕も男だから。ソフィアの前では、がんばりたいんだ」
「もう、フェイトは優しいですね。でも、わかりました。そういうことなら、今は、私は手を出しません」

 そんなわけで、僕一人で試験を行うことになった。
 よかった。
 ソフィアが関わると、本気でシグルド達を斬りかねない。

 彼らがどうなろうと、僕は気にしないのだけど……
 それでも、決着をつけるのなら、それは僕がするべきだ。

「それで……僕はシグルドと戦って、勝てばいいんだね?」
「あぁ? 誰が呼び捨てにしていいって言った、奴隷風情が。シグルドさま、だろうが!」

 シグルドの怒声に体が震えてしまいそうになる。

 落ち着け、僕。
 僕はもう自由だ。
 彼らの道具じゃなくて、ソフィアのパーティーメンバーだ。

 剣聖の彼女にふさわしい男にならないと。

「僕はもう、あなた達の奴隷じゃない。そんな言葉を使う必要性はないよ」
「なんだと!?」

 シグルドが睨みつけてくるが、僕も睨み返した。
 体に染み付いた痛みと恐怖のせいで、目を逸らしたくなってしまう。

 でも、ソフィアが見ている。
 必死に我慢をして、耐えた。

「……ちっ」

 ややあって、シグルドが舌打ちして、目を逸らす。

 ふう……なんとかなった、かな?

「まあいい……色々と気に食わないが、ただ、俺らはプロだ。やるべきことは、きっちりとやる。おい、準備をしてくれ」
「はいはーい」
「任せてください」

 いつの間にか、シグルド達が場を仕切っていた。

「大丈夫か?」

 アイゼンに声をかけられる。
 僕のことを心配してくれているらしく、申しわけなさそうな顔をしていた。

「本来なら俺が相手をしてもいいんだが、歳のせいか、体が鈍くてな。シグルドは問題児ではあるが、実力は確かだ。そんな彼に勝つことができたのなら、お前に文句をつけることは二度とできないだろうし、似たような連中が出てくることもない」

 なるほど。
 アイゼンなりに、色々と考えてくれていたみたいだ。

「ただ、相手はAランクパーティーのリーダー。無事に勝てるかどうか……」
「勝ちますよ」

 強い決意を胸に、僕は剣の柄をしっかりと握りしめた。