あの後、冒険者ギルドへすぐに戻り、漆黒の剣鬼と遭遇したことを報告した。

 討伐……あるいは、捕獲することはできなかった。
 ただ、漆黒の剣鬼と交戦して生き残った人は、僕だけらしい。

 僕も危ないところだったから、大した情報は得ていないのだけど……
 それでも、多少は剣筋や戦い方の癖を見つけることはできた。

 他の冒険者のために役立ててほしいと、報告をして……
 それから、宿へ移動した。

 まだ早い時間なのだけど、あんなことがあったため、今日はもう休んでおいた方がいいという判断だ。

「それにしても……どうして、宿なの?」

 チェックインを済ませて部屋に移動したところで、ソフィアに問いかける。

「お父さまと同じ屋根の下で寝るつもりになんてなれません」
「あはは……」

 親子喧嘩は、絶賛、継続中らしい。

「その……フェイトは、我が家の方がいいですか? あちらの方が広く、色々と設備が整っていますし……」
「ううん、そんなことはないよ」
「ふぁ」

 ソフィアが不安そうな顔をするため、そっと頭を撫でた。

「僕は、ソフィアがいれば、どこでもいいよ。家というよりは、ソフィアと一緒にいたいかな」
「……フェイト……」
「おかーさん、顔赤いね」
「しー。あれは発情期っていうやつだから、黙っておいてあげなさい」

 しまった。
 また周囲のことを考えず、ソフィアと……

 というか、発情期って。
 それは、いくらなんでもソフィアが怒るのでは……?

「リコリス?」
「はい!?」

 ソフィアは、笑顔でリコリスに詰め寄る。
 笑顔なのが逆に怖い。

「……次はありませんよ?」
「イエス、マム!!!」

 なにの次がないのか?
 それは明言されていないのだけど……

 リコリスは全てを察したらしく、ガタガタと震えつつ、ビシリと敬礼をするのだった。

「ふう……ひとまず、今日はこのまま休むとしましょう」
「時間はあるから、今後の方針とか作戦とか、そういうのは決めておいてもいいんじゃない? なんなら、ウルトラハイパーかわいいリコリスちゃんも、力を貸してあげるわよ」
「リコリスにも働いてもらうのは、すでに決定事項です」
「聞いてないんだけど!?」
「言うまでもないかと」
「ブラックだわぁ……」
「おかーさん、私も……がんばるよ?」
「ああもう、アイシャは健気でがんばりやさんで、かわいいですね。はい、アイシャの力が必要な時は、がんばってもらいますからね? 期待していますよ」
「うん」

 子供にできることはない、と話から遠ざけるのではなくて、いざという時は力を貸してもらうと話に参加してもらう。
 子供は理屈が通用しないことがある。
 危ないから、と遠ざけられても、納得できないこともある。

 だから、ソフィアのこの対応は大正解だ。
 こういう気遣いができる辺り、ソフィアは、本当に良い母親になれると思う。

 その場合、僕が父親で……
 その光景を想像して、ちょっと照れた。

 でも……今は、照れている場合じゃないんだよね。

「ソフィア、ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い……ですか?」

 ソフィアは不思議そうに小首を傾げて、

「はい、いいですよ。私にできることなら、なんでもしますね」

 にっこりと笑い、お願いの内容を聞いていないのに了承してしまう。

「僕、まだなにも話していないんだけど……」
「大丈夫です。大事なフェイトのお願いなら、なんでも聞いて、叶えてみせますから! そう、なんでも大丈夫です! その……えっちなことでも、問題ありませんよ?」
「ち、ち、違うからね!?」

 慌てて否定した。

「えっち?」
「アイシャにはまだ早いわ。あたしみたいな大人にならないと、ダメなのよ」
「残念……

 リコリス、ナイスフォロー。

「えっと……違うのですか? ようやく、フェイトが私に手を出してくれるのかと……」
「しないから!?」
「えっ……してくれないのですか……?」
「え、いや、興味はあるけど、さすがにまだ……って、そうじゃなくて!」

 思わずソフィアのあられもない姿を妄想してしまいそうになり、ぶんぶんと頭を振って打ち消す。

 そんなことをしている場合じゃない。
 もっと真面目な話なんだ。

「……僕に、稽古をつけてくれないかな?」
「稽古ですか? それは、剣の?」
「うん。神王竜剣術について、もっともっと、深いところまで教えてほしいんだ」
「ですが、稽古なら、今でも毎日していますよね?」

 朝、ごはんを食べる前。
 夜、お風呂に入る前。
 毎日、ソフィアと稽古していた。

 ただ、それは強くなるためというよりは、いざという時の危機に対処するための能力を得るという感じで……
 それでは足りない。
 今の稽古では、漆黒の剣鬼に勝つことはできない。

 今日の戦いで、そのことを痛感した。

 僕は、もっともっと強くならないと。
 今以上に。
 ソフィアに並べるくらいに……いや。
 彼女を超えるくらいに、強くならないといけないんだ。

 強く……なりたい!

「だから……お願い、ソフィア。今よりも、もっと強くなりたいから、本格的な稽古をつけてほしいんだ」
「……」

 こちらの意図が伝わったらしく、ソフィアの顔がすごく真剣なものに変わる。

「……神王竜剣術の全てを得るには、いくらフェイトでも数年はかかると思います。私でさえ、十年を必要としましたからね」
「そっか……」
「ただ、今よりワンランク上のステージに達するだけならば、二週間……いえ、一週間でいけると思います」
「それで、漆黒の剣鬼に勝てるかな?」
「勝てます」

 ソフィアは断言してみせた。
 こういう時の彼女は、本当に頼りになる。

「ただ、厳しい稽古になりますよ? 大怪我をするかもしれませんし、最悪、死ぬかもしれません。私は、それだけ本気で挑むことにします。それでも……やりますか?」
「やるよ」

 迷うことなく即答した。

 漆黒の剣鬼と刃を交わしたことで、僕は、まだまだ弱いことを知った。
 ならば、もっともっと強くならないと。
 ソフィアに追いつかないといけないんだ。

「フェイトは、男の子ですね……」
「え?」
「いえ、なんでもありません。わかりました。そこまでの覚悟があるのなら、私も、とことん付き合いましょう。明日から一週間……全身全霊で剣と向かいますよ」
「うん!」