リーフランドの領主は、上から任命されるのではなくて、選挙によって選ばれる。

 珍しい形式ではあるのだけど……
 以前、国が任命した領主が、権力を盾に悪逆の限りを尽くして、治安は悪化。
 あわや、反乱一歩手前という事態になった……という汚点がある。

 その反省を活かして、領主は民衆の投票で選ばれることになった。

 たとえ、それで愚かな領主が誕生したとしても、投票したのはあなた達だよね? と、上層部は言い訳ができるわけだ。
 それに、市民達もバカではない。
 自分達の生活に関わってくるのだから、領主は慎重に選ぶ。

 事実、前回の選挙で当選したエドワード・アスカルトは、善政を敷いていた。
 きっちりと法を守り、当たり前のことをする。
 たったそれだけのことではあるが、人として、なによりも大事な部分だ。

 そういった部分が評価されて……
 エドワードは、次の選挙で再当選するだろうと言われていた。
 それだけの信頼を市民から得ていた。

 そんな彼を疎ましく思うのは、政敵のアイス・ニードルだ。

 彼は、前回の選挙でエドワードに大差で敗れた。
 その時の屈辱を思い返す度に、激しい怒りがこみ上げてきて、夜も眠れなくなってしまう。

 次の選挙は、半年後。
 雪辱戦に備えて、着々と準備を進めているものの……
 手応えは薄い。
 市民達の心はエドワードにガッチリと掴まれていて、誰もアイスのことを見ない。

「くそっ」

 自宅の執務室で、アイスは酒を飲み、悪態をこぼしていた。

 エドワード、エドワード、エドワード……
 街のどこへ行っても、彼の話を聞く。

 彼ならば、さらにこの街を発展させてくれるはずだ。
 次の選挙も、必ずエドワードに投票しよう。

 アイス?
 誰、それ?

 街の声を耳にして、アイスはひたすらに腹立たしくなる。
 前回の雪辱戦として、立候補を誰よりも早く表明したものの……
 誰もアイスに期待していない。

「この俺こそが、この街の領主にふさわしいというのに……くそっ、なぜだ! なぜ、誰も俺のことを見ない!?」

 街を治めるための学問を専攻して、首席になったことがある。
 知識を詰め込むだけではなくて、実際に仕事に携わり、実務経験を十年、積んできた。
 斬新なアイディアを打ち出して、学者達を驚かせたこともある。

 それなのに、どうして自分が選ばれない?
 なぜ、誰も自分を見ようとしない?

 この街は、より優れた者が統治するべきなのだ。
 堅実だけが取り柄のエドワードになんて任せておけない。
 自分こそが、真にふさわしい統治者になることができる。

 ……とまあ、アイスはそんなことを真面目に考えていた。
 その独善的な思考のせいで、市民の心は離れているのだけど、そのことに彼が気がつくことはない。
 基本、このような独裁者のようなタイプは、己を省みるということをしないものだ。

「失礼する」

 扉が開いて、初老の男……リケンが現れた。
 彼は、馴染みの店に足を運ぶような感覚でソファーに座り、勝手に紅茶を淹れる。

「なにやら、話があると聞いたが?」
「……貴様らの力を借りたい」

 アイスがリケンと知り合ったのは、少し前のことだ。

 どこからともなくリケンが現れて、自分の腕を買わないか? と、取引を持ちかけてきたのだ。
 当然、信じるわけがない。
 うさんくさい冒険者崩れだろうと判断して、追い返そうとしたのだけど……
 彼は、一瞬で警備兵を叩きのめしてみせた。
 なにをしたか、まったく見えなかった。

 普通なら、とんでもない問題行動なのだけど……
 性格に問題を抱えているのはアイスも同じ。
 リケンの腕を買い、懐に招き入れることにした。

「ふむ、儂らの力を借りたい……と?」
「今まで、まともな仕事は与えていなかったからな。ここらで、きちんと役に立ってもらうことにしよう」
「構わないが、なにをすればいい?」
「エドワード・アスカルトを知っているな? ヤツを……殺せ」

 非常に短絡的な手段だ。
 しかし、焦りと苛立ちで平常心を奪われているアイスは、その方法がまずいものであることを理解していなかった。

 エドワードを消したい。
 ただ、その一心で動いていた。

「相手は、リーフランドの領主……か。そして、神王竜剣術の師範でもある」
「できないのか?」
「できる」

 リケンは即答した。
 虚勢ではなくて、確かな自信を感じ取ることができた。

「が、やめておいた方がいいな」
「なんだと?」
「非常に短絡的な考えだ。儂は捕まらない自信はあるが、お主はどうだろうか? 下手をしたら、全てを失うぞ?」
「ぐっ……」

 リケンのもっともな指摘に、アイスは少しだけ冷静さを取り戻して、うめいた。

「ただ……お主が領主を疎ましく思っているのなら、儂に力になれることがある。どうだ、聞くか?」
「聞こう」