リーフランドは緑の多い街だ。
 公園がいくつもあるだけではなくて、街の至るところに木や花が生えていた。

 個人の家にも、花壇などがたくさん飾られていて……
 街全体が緑に包まれていると言っても過言ではない。

 心地良い自然の匂い。
 虫の鳴き声に、花の香り。
 それらを感じていると、とても心が安らぐ。

 街を散歩して三十分くらい……
 僕は、すぐにこの街が好きになった。

 とはいえ……

「のんびり散歩なんていてていいのかな?」

 ソフィアは、絶賛、エドワードさんと喧嘩中だ。
 夜まで終わらないだろうとエミリヤさんに言われ、散歩を勧められたのだ。

 ソフィアはおしとやかに見えるのだけど、本気で怒ると手がつけられない。
 僕でも、彼女を止めることはできない。

 そのことをよく知っているため、屋敷に残っても仕方ないと、アイシャとリコリスを連れて散歩に出たのだけど……
 でも、気になる。
 ソフィア、無茶をしていないかな?

「こら!」
「いた」

 僕の頭の上に乗るリコリスが、ぱかん、と頭を叩いてきた。

「なにするのさ?」
「子供の前でそんな顔するんじゃないわよ。親なんでしょ? なら、どんな時もどっしりと構えていないと、アイシャが不安になるわ」
「あ……」

 まさにその通りだ。
 僕の不安が伝わってしまったらしく、アイシャは落ち着かない様子で、こちらを何度も何度も見上げていた。

「アイシャ」

 僕は優しく笑い、彼女の頭を撫でる。
 気持ちよかったらしく、尻尾がぴょこぴょことうれしそうに揺れた。

「ごめんね、心配かけちゃった」
「おかーさん……大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。だって、ソフィアは世界で一番強いからね」
「……うん」
「それよりも、お腹は空かない?」

 そう問いかけた時、きゅるるる、というかわいらしい音が響いた。
 アイシャの顔が赤くなり、お腹を押さえる。

「あう……」
「お菓子だけじゃ、ちょっと足りないよね。まだ、お昼も食べていないし……ソフィアには悪いけど、ごはんにしようか?」
「うん!」
「あたし、肉が食べたいわ! 肉! 脂たっぷりのジューシーな肉がいいわ!」
「リコリスは妖精なのに、ものすごくガツガツとしているんだね」

 苦笑しつつ、適当な店を探す。

 ほどなくして、店頭にたくさんの花を飾る飲食店を発見した。
 店の中から、食欲を誘う香ばしい匂いが漂ってくる。

 昼のピークは過ぎているものの、それでも、それなりの人がいる。
 たぶん、この街の人気店なのだろう。

「ここにしようか?」
「うん」
「肉があたしを呼んでいるわ!」

 二人が賛成してくれたので、店の中へ。
 席に移動すると、店員が子供用のイスを持ってきてくれた。
 さらに、妖精用の小さなコップも用意してくれる。

 サービス満点だ。
 こういう店は、きっと料理もおいしいに違いない。
 期待を膨らませつつ、メニューを見る。

「えっと……僕は、レモンソースのステーキのセットと、オムレツにしようかな。二人は決まった?」
「あたしは、ステーキ特盛よ!」
「えっと、えっと……お魚おいしそう。でも、ハンバーグもおいしそう」
「迷っているなら、アイシャがお魚を頼んで、僕もハンバーグを頼もうか? それで、はんぶんこにする?」
「うん!」

 決まりだ。
 オーダーをして、料理ができあがるのを待つ。

「んー」

 アイシャがソワソワしていた。
 料理が楽しみらしい。

「きっと、おいしいと思うよ。匂いだけでお腹が空いてきちゃうくらいだからね」
「おとーさんも、お腹が、ぐーってなっちゃう?」

 ぐう、とリコリスのお腹が鳴る。

「……あたしで悪かったわね!」

 恥ずかしそうにするリコリスを見て、僕とアイシャはくすくすと笑った。

「なあ、いいだろ? この後、一緒に来いよ」

 食事を楽しみにしていた時……
 ふと、ねちっこい声が聞こえてきた。

 振り返ると、大柄な男が、僕と同じかちょっと下くらいの女の子に絡んでいるのが見えた。
 大柄な男は酔っているらしく、頬が赤い。
 馴れ馴れしく女の子の肩に手を回し、酒臭い息を吐きつつ、彼女を誘う。

「絶対に後悔はさせないぜ? 最高に気持ちよくしてやるよ。女に生まれた悦び、ってのを俺が教えてやるよ」
「お客さま、当店でそのような行為は……」
「うるせえ! 俺の邪魔をする気か、あぁん? 俺は、Aランク冒険者のギルさまだぞ!? 痛い目に遭いたくなければ、引っ込んでろ!」

 大柄な男……ギルの言葉にウソはないのだろう。
 Aランク冒険者と呼べるだけの威圧感を放っていた。

 ただの店員では、どうすることもできない。
 店員は、一度、店の奥に引き下がる。
 このままにしておくことは考えられないから、騎士団に訴えに行ったのだろう。

 でも、騎士が駆けつけてくるまでに時間がある。
 その間に、女の子は……

「……あーもう、この店の料理おいしいって評判だから、楽しみにしていたのに」

 ポツリと、女の子がつぶやいた。
 瞬間、ゾクリと背中が震えた。

 なんだ?
 今、なにが起きた?

 女の子から、すさまじい殺気が放たれたような気がしたのだけど……
 でも、今はなんともない。
 気のせいだろうか……?

 って、呑気に見ている場合じゃないか。

「そこまでに……」
「そこまでよ、このろくでなし!」

 僕が割り込むよりも先に、リコリスがビシリと言い放った。