11話 裏でこそこそと

 ワイバーンという予想外の乱入者が出てきたものの、ライガーボアの討伐は無事に完了。
 冒険者ギルドに戻り、そのことを報告すると……

「……ウソだろう?」
「いえ、ギルドマスター……この牙と爪は、間違いなくワイバーンのものですよ。スティアートさんの話は本当かと……」
「おいおい、マジか……ワイバーンを一人で倒すなんて、しかも、冒険者にもなっていないひよっこが倒すなんて……いったい、どんな手品を使ったんだ?」

 唖然とするアイゼン。
 どのようにして倒したのか、コツが知りたいらしい。

 でも、そんなことを聞かれても困る。

「え? いや、特にコレといって……」
「なにかあるだろう? なにか」
「そう言われても……あ、そうだ。実は、ワイバーンの幼体だったとか? だから、僕でも倒すことができたんじゃないですかね」

 アイゼンが受付嬢を見る。
 受付嬢は首を横に振る。

「これは、紛れもなく成体のものですね」
「そうか……」
「えっと……なんで、倒せたんでしょうね?」
「俺の方が聞きたい!!!」

 どこか疲れた様子で、アイゼンは強く叫ぶのだった。

「はあ……まあいい。結果としては、文句のつけようがない。一つ目の試験は合格だ」
「よし!」
「おめでとうございます、フェイト」

 どこかへ姿を消していたソフィアは、さきほど戻ってきた。
 俺の合格を自分のことのように喜んでくれている。

「ソフィアのおかげだよ、ありがとう」
「私はなにもしていませんが……」
「アドバイスをくれたでしょ? あと、剣も教えてくれた。それがなかったら、僕は、生きて帰ることはできなかったかもしれない。本当にありがとう。ソフィアに感謝を」
「ふふっ、フェイトの役に立つことができたのなら、とてもうれしいです。もっともっと、役に立ってみせますね」
「今でも十分なのに、これ以上なんて……」
「フェイトのためなら、いくらでもがんばれますからね」
「あー……イチャつくのは後にしてくれないか? 話、続けていいか?」

 アイゼンがどこか呆れたように言う。

「あ、はい。すみません」
「まったく……で、次の試験は、筆記テストだ」

 冒険者についての知識を試すもの。
 筆記問題に挑み、制限時間内に一定の正解数を得ること。
 それが合格の条件らしい。

「もう準備は済んでいる。今すぐにでもできるか、どうする?」
「やらせてください」
「わかった。なら、こっちへ来い」

 気合を入れて、奥の客間へ移動した。



――――――――――



「ふふふ、どうやら私の出番のようですね」

 フェイト達の様子をこっそりとうかがうレクターは、ニヤリと笑う。

 彼は魔法を使うことで、アイゼンが用意した試験の内容を事前に把握した。
 そして、ミラと同じように嫌がらせをするために、あれこれと準備を。

 その結果を確かめるため、同じく魔法を使い、そっと客間の様子をうかがう。

「では、筆記テストについての説明を行う」
「はい」
「制限時間は二時間。先に説明したように、一定数の正解を得ることで合格となる」
「これがテスト問題で……こちらの参考書は?」
「スティアートは素人だからな。救済措置として、参考書を用意しておいた。ただ、答えが載っているわけではない。参考書は基本のことしか書かれていないため、試験問題を解くためには、応用と柔軟な発想が求められる。つまり、冒険者に必要な知識と発想力があるかどうか、見極めることができるというわけだ」
「なるほど」

 筆記テストの内容を盗み聞きしたレクターは、くくくと小さく笑う。
 元奴隷のフェイトに達成できるものではない。
 ここで落第するだろうと、その時を想像して嗤う。

 それに、念の為にとある仕掛けをしておいた。

 それは、参考書に魔法をかけて、ページを開くことができないようにする、というものだ。
 とても地味ではあるが、しかし、効果は大きいだろう。
 素人のフェイトが、参考書なしに筆記テストを乗り越えられるわけがないのだから。
 これて落第は確実だ。

「さて……慌てふためき、無様な姿を晒すところを、こっそりと見学させてもらいますよ」

 レクターは裏でほくそ笑む。

「では、今から第二のテスト、筆記試験を行う。監査官は俺だ。二時間の制限時間があるが、最後まで諦めずにがんばるように」
「了解です」
「では、始め!」

 アイゼンの合図で、フェイトは参考書に手を伸ばした。

 しかし……

「あれ?」

 魔法のせいで参考書を開くことはできない。
 何度も試すのだけど、やはり無理だ。
 強引に開こうとすれば、参考書を破いてしまうだろう。

 どうしても参考書を開くことができず、フェイトが首を傾げる。

「くくく、せいぜいがんばってもらいましょうか」

 フェイトが無様に足掻き、悩み、苦しむところを高みの見物といこう。
 レクターは底意地の悪い笑みを浮かべるのだった。



――――――――――



 困った。
 参考書を使わなければいけないのに、どうしても開くことができない。

「すいません」

 監督をするアイゼンに声をかける。

「うん、どうした?」
「参考書が開かないんですけど……」
「どれ、見せてみろ」

 アイゼンは参考書を手に取り、ページを開こうとする。
 しかし、どれだけ力を入れても開くことはない。

「なんだ、これは? 誰かがいたずらでもしたのか?」
「代わりの参考書はありませんか?」
「この参考書は、今、全部貸し出し中でな。これが最後の一冊だ。まいったな、どうするか……」
「ないんですね……なら、どうしよう? 他に、参考書の代わりになるものはないし……とりあえず、問題を見てみよう」

 参考書を諦めて、試験用紙と向き合う。

「こ、これは……!?」

 野営地の最適な場所の選定方法、夜間の獣や魔物の対策、水の確保の方法……
 依頼人との交渉術、最適な依頼の進め方、トラブルが起きた時の対処法……
 ダンジョンの探索法、強敵に遭遇した時の対処法、弱点の見極め方……

 そんな問題が並んでいたのだけど、これは、

「え? こんな簡単な問題でいいの?」

 奴隷だった頃……

 戦闘は、シグルド達が担当。
 その他、全ての雑用は僕が担当していたため、これらの問題は参考書を見るまでもなく、答えがわかる。

 なにしろ、きちんとした対処法を実践しなければ、容赦なく殴られていたからね。
 自然と色々なことを必死で覚えて、念の為に、普段は必要とされないであろう知識まで仕入れることにして……
 そして、今に至る。

 これくらいの問題は楽勝だ。
 参考書を開くまでもない。

「ふんふーん」

 鼻歌なんて歌いつつ、問題を解いていく。
 それくらいに簡単だった。

「うん? まだ参考書をどうするか思いついていないが……」
「あ、大丈夫でした。これくらいの問題なら、全部知っていることなので」
「なんだと? 全部知っているというのか?」
「はい、基礎知識かと」
「この問題を基礎と言うか……だから、参考書を開く必要すらない。なるほど……力だけではなくて、深い知識も持っているようだな。感心したぞ」
「どうも……って、まだ合格したわけじゃないから、がんばらないと」
「ああ、すまないな。俺のことは気にせず、がんばるといい。あと、参考書の問題もあったから、いくらか採点は甘くしておこう」
「ありがとうございます」

 どこからともなく、「まさか、評価を上げる手伝いをしてしまうなんて……くっ、私としたことが」なんていう声が聞こえてきたような気がするけど、気の所為だろう。

 僕は、そのまま制限時間いっぱい、筆記テストに取り組んで……
 見事に満点を取ることができて、第二の試験を突破するのだった。