「くっ……」

 折れた木剣を突きつけられたアクセルは、悔しそうに唇を噛んで……
 ややあって、ふっと表情を柔らかくした。

 折れた木剣を手放して、そのまま両手を上げる。
 僕の名前が勝者として告げられる。

「わかった、降参だ……ったく、とんでもないヤツだな。道場一の実力者っていうわけじゃねえけどさ、俺も、それなりに腕が立つんだぜ? それなのに、こうもしてやられるなんて……あー、悔しいな」

 なんてことを言うのだけど、アクセルは、どこか晴れ晴れとした顔をしていた。
 たぶん、僕も似たような顔をしていると思う。

 剣を交わして心を交わす。
 そんなことができたのだろう。

「ぬぐぐぐ……」

 思うような展開にならず、エドワードさんは、とても悔しそうに唸っていた。
 そんな父親に対して、ソフィアは笑顔で語りかける。

「お父さま。これで、フェイトのことを認めてくれますね?」
「……」
「お父さまが指名した者に勝利をして、力を示すことができました。もちろん、不正なんてありません。それは、この場にいる者全員が証人です。フェイトは正々堂々と戦い、アクセルを打ち破り、力を示しました」
「……」
「お父さまの口から、フェイトのことを認めていただきたいのですが……どうしたのですか? 黙っていないで、早く宣言してほしいのですが。私とフェイトの交際を認める……と」
「……で」

 しばらくの沈黙の後、エドワードさんは、ぷるぷると全身を震わせつつ、小さな声でつぶやいた。

 なんだろう?
 不思議に思っていると、ゆらりとエドワードさんが立ち上がる。

 うつむいているので表情はわからない。
 ただ、ただならぬ気を発していて、威圧感がすごい。
 いくらかの門下生は、ひっ、と小さな悲鳴をあげていた。

「……できるものか」
「え?」
「そのようなふざけたこと、できるものかぁああああああああああっ!!!!!」

 落雷のような、エドワードさんのすさまじい叫び声が道場に響き渡る。

 さらに何人かの門下生が悲鳴をあげて……
 そのうちのいくらかは、エドワードさんの怒気にあてられてしまい、気絶してしまう。

「ぴゃうっ!?」

 アイシャも例外ではなくて、怯えていた。
 ただ、不幸中の幸いというべきか……
 ハードな人生を送ってきたため、多少は耐性があるらしく、涙目になる程度で済んだ。

「この儂が、そこの小僧を認める? そのようなこと、ありえぬ! 絶対にありえぬぅっ!!!」
「ですが旦那さま? スティアートくんは、見事に試験をクリアーしましたが?」
「まだ、一つ目の試験をクリアーしただけだ!」
「……一つ目?」
「そうだ、試験が一つなどと言った覚えはない! 次は、門下生、全員を一度に相手してもらおうか! 門下生達は、全員、真剣だ! 小僧は素手だ!」
「えぇ……」

 無茶苦茶を言われてしまい、思わず顔をしかめてしまう。

 そんな僕の反応が気に入らなかったらしく、エドワードさんはさらに怒りを加速させる。

「できぬのか!? ならば、貴様の力、器はその程度ということ。そのような輩に、ソフィアを任せられるものか!」
「いや、そう言われても、さすがに今のは無茶苦茶だと思うんですけど……」
「黙れいっ! 儂に歯向かうか!? 言っておくが、今のテストで終わりではないぞ? 仮にクリアーしたとしても、次は、知識や礼儀作法、ありとあらゆる科目をクリアーして……そして、最後に儂を打倒してみせよ! まずは、そこまでしてからだ!」
「えっと……」

 あまりにも無茶苦茶だ。
 こんな無茶な要求を重ねられてしまうと、認めるつもりはないのでは? と疑ってしまう。

 いや……

 実際、エドワードさんは僕を認めるつもりがないのかもしれない。
 あれこれと文句をつけて、僕が諦めることを期待しているのだろう。

 そう決めつけるのは良くないことなのだけど……
 でも、それ以外に考えられない。

 エミリアさんは、あまりの無茶っぷりに呆れているらしく、やれやれという顔でため息をこぼしていた。

「あのおっちゃん、すごいわねー。あんなわがままで、子離れできない人間、初めて見たわー」
「うん?」

 子離れできない?
 それは、どういうことなのだろう?

 リコリスに尋ねようとするのだけど……

「……お父さま?」

 ゆらりと、ただならぬオーラを発して、ソフィアが立ち上がる。
 その瞳はキランと輝いていて……
 そして、剣を抜く。

 真剣だ。
 そして、聖剣エクスカリバーだ。

「お父さまのことなので、駄々をこねることは予想していましたが……」

 あ、そこは予想していたんだ。
 妙な信頼をしているんだな。

「だからといって、周囲に当たり散らすなんて、大人のすることですか……?」
「ふんっ、この程度で怯え、泣くなど、なんて情けない。我が門下生にそのような軟弱者がいるとはな。また、一から鍛え直さなくては」

 エドワードさんは、まったく反省していないみたいだけど……
 違う、違いますよ。
 ソフィアは、門下生のことを気にかけているのではなくて……

「へぇ……そうですか。アイシャを、このような小さな女の子を泣かせておいて、そのような世迷い言を口にするのですか……」

 そうなのだ。
 ソフィアが怒っているのは、アイシャが泣いてしまったからなのだ。

 子を泣かされて怒らない母はいない。

 うん。
 こんな時だけど、ソフィアが、ちゃんと「お母さん」をやれていてうれしい。

「う……ぬ」

 今になって、アイシャが泣いていることに気がついたらしい。
 さすがのエドワードさんも、気まずい様子で口を閉じる。

 しかし……すでに手遅れ。

 ソフィアの怒りは頂点に達していた。
 僕の時よりもひどいかもしれない。

 まあ……うん、仕方ない。
 子を守る時こそ、母は本気になるものだ。

「お父さまは、少し、反省をしていただかないといけませんね……そう、物理的に反省をしていただかないと」
「そ、ソフィア……?」

 エドワードさんは、一歩、後ずさる。
 その分、ソフィアは、一歩、前に出る。

「お父さま」

 ソフィアは、にっこりと笑い……

「ちょっと殴らせてください」
「ぬぉ!?」

 ……再び、親子喧嘩が勃発するのだった。