「エミリア! なぜ、こんなところへ来た! この小僧の対応は、儂がすると言ったはず」
「話が進むかどうか不安だったので、様子を見に来ました。そうしたら、案の定なので……ここからは、私も同席いたしますね」
「ならぬ! このような馬の骨と同席するなど、アスカルト家の品位に……」
「同席いたしますね?」
「だ、だから、それはならぬと……」
「いたしますね?」
「……う、うむ」

 エドワードさん、エミリアさんの笑顔の圧に押し負けた。

 もしかして、奥さんに頭が上がらないのだろうか?
 だとしたら、ちょっとした親近感を覚える。

 ちょっと意味合いは違うのだけど……
 僕も、ソフィアに対しては頭が上がらないからなあ。

「久しぶりですね、スティアートくん。私のことは覚えていますか?」
「あ、はい。久しぶりです、エミリアおばさん……エミリアおばさんですよね?」
「はい、そうですよ。私の顔、忘れてしまいましたか? まあ、十年以上も前のことなので、それも仕方ないかもしれませんが」
「いえ、覚えています。ただ……記憶とぜんぜん変わらないというか、むしろ、あの時よりも綺麗になっている気がして。それで、ちょっと戸惑いが」
「あら。あらあらあら」

 素直な気持ちをぶつけてみると、エミリアさんは笑みを深くした。

「こんなおばさんに、そんなうれしい言葉をかけてくれるなんて。スティアートくんは、女の子泣かせになりそうですね」
「い、いえ。そんなつもりは……」
「ふふっ、冗談です。スティアートくんは、ウチの娘……ソフィア一筋なのでしょう?」
「は、はい……そうですね。ソフィア以外の女の子は、考えられません」
「……フェイト……」

 隣に座るソフィアがうっとりとして、

「ぐぐぐ……」

 エドワードさんが、射るような勢いでこちらを睨みつけてきた。

 おばさんからは笑みを向けられて、おじさんからは睨みつけられる。
 なかなかにカオスな状況だ。

「久しぶりの娘の帰郷。スティアートくんを連れてきて、それだけではなくて……なにやら、おもしろそうなお客さまもいる様子」

 エミリアさんは、ちらりとリコリスとアイシャを見た。

「本来ならば、盛大におもてなしをしたいのですが……残念ながら、旦那さまがこのような感じでして」
「ふんっ。どこぞの馬の骨に、アスカルト家の娘をやるわけにはいかん。当たり前の話だろう?」
「旦那さま。ソフィアとスティアートくんの仲の良さは、よく知っているでしょう? こうなることも、簡単に想像できたはず。それなのに、なぜ反対するのですか?」
「それは……」

 エドワードさんは、一瞬、言いよどみ、

「……そんな貧弱な小僧に、娘を任せられるものか!」

 くわっと目を見開いて、こちらを再び睨みつけてきた。

「ソフィアの伴侶になるということは、儂の跡継ぎ候補にもなる。それなのに、軟弱者、愚か者に任せられるわけがないだろう!」
「……お父さま? それは、私のフェイトが軟弱という意味でしょうか? 愚かという意味なのでしょうか?」

 最初にソフィアがキレて、

「旦那さま? いくらなんでも、それは、スティアートくんに失礼というものですよ? 最近、剣にかかりきりになっていたせいか、貴族としての品位をお忘れになったのですか?」
「うっ……そ、それは」

 エミリアさんにも睨まれた。
 娘と母、二人を敵に回してしまい、エドワードさんはたじたじに。

 それでも、僕とソフィアの仲を認める気はないらしく、反論する。

「し、しかし、儂は領主であり、神王竜剣術の師範でもある! ソフィアと交際をしたいというのならば、強く、賢くないと務まらないではないか!」
「それは……まあ、旦那さまの言う通りですね」
「そうだろう、そうだろう!? なればこそ、ソフィアにふさわしい伴侶を儂が決めなければいけない。これは、正しいことなのだ!」

 エドワードさんが力強く言う。

 うーん?
 なんだろう?
 ふとした違和感というか……

 エドワードさんの態度は、どことなくおかしい。
 最初、顔を合わせた時は、とても威厳があったのだけど……
 今は、なぜか子供のような印象を受けた。

 なんでだろう?

「なるほど……わかりました。強く、賢くなければ、ソフィアの伴侶は務まらない。旦那さまのその意見に関しては、私も納得するところです」
「エミリアよ、わかってくれたか」
「そんなっ、お母さま!?」

 エドワードさんを擁護するような発言に、ソフィアが頬を膨らませる。
 母親に対する怒りというよりは、どうしてエドワードさんの味方なんてするの? と、ちょっと拗ねているみたいだ。

 二人は、とても仲が良いんだよね。
 小さい頃の話だけど、ソフィアはいつもエミリアさんに甘えていた。
 エミリアさんも、ソフィアを思う存分にかわいがっていた。

 だから、敵になるような発言に驚いたのだろう。
 でも、話は続きがあった。

「でしたら、スティアートくんの能力をテストすればいいのではないでしょうか?」
「なに?」
「本当に力が足りないのか? 本当に知識がないのか? まずは、それらを確かめるべきでしょう」
「し、しかし、そのようなことをしなくても、こんな小僧に……」
「あら。旦那さまは、一目見ただけで、相手の能力を完全に把握することができるのですか? それとも……気に入らないからという理由だけで、話を聞こうとせず、門前払いをするという愚行をなさるのですか?」
「うぐっ」

 痛いところを突かれたという様子で、エドワードさんは言葉に詰まる。

 なんだかんだで……
 エミリアさんは、基本的にソフィアの味方なのだろう。
 一気に畳み掛ける。

「旦那さまの立場は理解されていますから、私も、無条件でスティアートくんを認めるつもりはありません。とはいえ、門前払いをするつもりもありません。ですので、スティアートくんの能力を測ることにいたしましょう」
「いや、しかし、それは……」
「もしも、落第するようならば、そこで終わり。ソフィアとの仲は認めません。しかし、無事に合格するようならば、きちんと認めましょう」
「こ、こんな小僧を……」
「力もあり、知識もあると証明されたのなら、なにも問題はないではありませんか。しかも、ソフィアと相思相愛。どこに文句をつける余地が?」
「うぐぐぐ……」
「異論はありませんね?」
「そ、それは……」
「ありませんね?」
「うっ……」
「旦那さま?」
「……異論はない」

 がくりとうなだれつつ、エドワードさんはエミリアさんの提案を受け入れた。

 喜ぶべきことなのだけど……
 同じ男として、ちょっとエドワードさんに同情してしまう。

 好きな女性にこんなことを言われたら、反論なんてできない。
 どう考えても、論破されてしまいそうだし……
 嫌なことだとしても、賛成するしかないだろう。

 母は強し。

 ふと、そんな言葉が思い浮かんだ。

「ということで」

 エドワードさんと話をしている時は、とんでもない威圧感を放っていたのだけど……
 それを捨て去り、にっこりとした笑顔を浮かべて、こちらを見る。

「こちらの勝手な都合で申しわけありませんが、スティアートくんは、私達のテストを受けていただけませんか? それに合格をすれば、スティアートくんこそが、ソフィアの正式な婚約者となりますから」
「はい、わかりました。そのテストを受けて、絶対に合格してみせます!」
「あら、即答ですか。ふふっ、とても頼もしいですね」

 俺の返事に満足したように、エミリアさんは優しい顔で笑うのだった。