「どこぞの馬の骨ともわからんようなヤツに、娘をやれるものかぁっ!!!」

 二度目の怒声。
 ビリビリと空気が震えてしまうほどで、もう少し近くにいたら鼓膜が破れていたかもしれない。

 そんなことを心配するくらい、声が大きい。
 それだけ、エドワードさんは怒っているのだろう。

「お父さま、なぜ反対するのですか?」

 少しムッとした様子で、ソフィアは問いかけた。
 いきなり反対されるとは思っていなかったのだろう。

 ただ……僕としては、反対されるだろうなあ、とは思っていた。

 いくらソフィアの幼馴染だとしても、十年近く会っていなかったのだ。
 エドワードさんからしたら、突然現れた見知らぬ男としか見えないだろう。

「フェイトは、どこぞの馬の骨ではありません。小さい頃はよく一緒に遊び、そして、道場に通ったこともあるではないですか」
「あれ、そうだっけ?」
「忘れたのですか? 剣は習っていませんが、体力作りのために、一緒に運動をしたではありませんか」
「……あっ、そういえば」

 小さい頃は、ソフィアと一緒にいることがなによりも楽しくて、とにかく一緒にいたいと思った。
 そんなことを思っていたから、道場で一緒に運動をすることもあった。

 定期的に通っていたわけじゃないから、今まで忘れていたけど……

「そっか、そんなこともあったね。懐かしいなあ」
「ふふっ。あの頃のフェイトは、私の後をいつもついてきて、とてもかわいらしかったです」
「それくらい、ソフィアのことがかわいかったから」
「も、もう……」
「儂の前でなにをイチャイチャしておるかぁあああああっ!!!」
「「あっ」」

 すっかりエドワードさんのことを忘れていた。
 ソフィアも同じだったらしく、しまった、というような顔に。

 放置されたエドワードさんの怒りは沸騰。
 泡を飛ばしそうな勢いで叫ぶ。

「幼馴染だろうがなんだろうが、貴様などに娘をやれぬ! 絶対にやれぬぅうううううっ!!! 今すぐに、出てゆけいっ!!!」
「お父さま。今は、私が悪いと思います。しかし、話を聞かずに追い出すなんて……」
「出てゆけぇえええええっ!!!」
「フェイトは、とても強い力を持つ冒険者です。それだけではなくて、剣の才能もあります。神王竜剣術を学び、跡継ぎとして……」
「出て行かぬというのならば、叩き切ってくれるわっ!」
「……」

 あ、ソフィアがイラッとした顔に。

 エドワードさんの怒りは仕方ないと思うのだけど……
 でもソフィアは、そんなことは知るか、というようなことを考えているっぽい。

 人の話を聞こうとせず、一方的に要求を突きつける。
 それが大人のやることか……と。

 ソフィアの苛立ちがどんどん増していき……
 こちらも臨界突破。
 ソフィアはニコニコと笑い……そして、再び剣の柄に手を伸ばす。

「「っ!?」」

 部屋の端で待機していたメイドさん達が、剣呑な雰囲気を感じ取りビクリと震えた。

「ほう……都合が悪くなると剣を抜くか」
「お父さまが、まったく私の話を聞こうとしないのがいけないのです」
「おもしろい。では、またやり合うか? 言っておくが、今度は本気でいくぞ? さきほどの戦いでは、半分ほどの力しか出していなかったからな」
「では、私は、半分ほどの力でいきましょうか」
「……なんだと?」
「先の戦いでは、私は、十分の一くらいの力でした」
「……」
「いくらなんでも、親に本気で剣を向けるほど、親不孝ではありません。しかし」

 ソフィアは刃のように鋭い顔をして、剣の柄を握る。

「フェイトを罵倒したことは許せません。本気で相手をしましょうか?」
「ぬぐっ」

 エドワードさんに向けて、ソフィアの本気の威圧が放たれた。
 思いもよらないところで娘の成長を実感することになり、エドワードさんがたじろぐ。

 しかし、ここで退くという選択肢はないようだ。
 すぐに気持ちを立て直して、やるのならやるぞ? とソフィアを睨み返す。

 なんていうか……
 二人共、大人げない。
 子供みたいな親子喧嘩だ。

 とはいえ、片方は剣聖。
 片方は道場の師範。
 そんな二人が本気で激突をしたら、今度こそ、どうにかなってしまうかもしれない。

「ソフィア、ストップ。エドワードさんも、落ち着いてください」
「どうして止めるのですか?」
「小僧、儂に命令するか!?」

 二人は、息をぴたりと揃えて言う。
 こういうところを見ていると、親子だなあ、って思う。
 タイミングがぴったりなところとか、邪魔をされると怒るところとか、よく似ている。

「ソフィア、僕達は話し合いに来たんだよ。それなのに、ケンカをしてどうするのさ」
「それは……ですが、お父さまがぜんぜん人の話を聞かないから……」
「それに、怖い顔をしていたら、アイシャが怯えちゃうよ」
「うっ……」

 急所を突かれた様子で、ソフィアがたじろいだ。

「エドワードさんも、落ち着いてください。僕のことが気に入らないのはわかりますが、だからといって、それが領主の取る態度ですか。僕達の倍以上生きているのなら、それ相応の態度を見せてください」
「むぐっ……」

 至極まっとうな正論に反論できないらしく、エドワードさんは苦い顔に。

「はい、二人共剣を収めて。まずは、しっかりと話し合いをしましょう。力を行使するのは、それからです」
「「しかし……」」
「僕達は人間なんですよ? 力を振るうことしかできないなんて、魔物と同じ。そんなことでいいんですか?」
「「……よくないです」」
「なら、話し合いましょう」
「「はい……」」

 良かった、二人は納得してくれたみたいだ。
 それぞれ、ソファーに座り直した。

「ふふっ、見事です」

 ふと、第三者の声が割り込んだ。
 客間の扉が開いて、一人の女性が姿を見せる。

 長い髪は銀色に輝いていた。
 その身にまとう衣服は、銀髪を栄えさせるかのようなもの。
 女性としての魅力にあふれていて、ついつい見惚れてしまう。

 ……って、そうか。

 ソフィアがいるのに、この人に見惚れてしまうのは、それなりの理由があった。
 それは……

「お母さま!?」

 そう……この人が、ソフィアのお母さんだからだ。
 名前は、確か……エミリア・アスカルト。

「旦那さまとソフィアの喧嘩を仲裁してしまうなんて、なかなかできることではありません。その力、心の強さ、確かに見させていただきました」

 そう言い、エミリアさんはにっこりと笑うのだった。