壮絶な親子ケンカの後……
 俺達は、アクセルとリナによって、アスカルト家の客間に案内された。

 領主の屋敷なのでとても広いのだけど、シックな作りなので落ち着くことができた。
 ソファーに座り、お茶をいただきながらエドワードさんを待つ。

 勝負はソフィアの圧勝に終わったのだけど、一応、手加減していたらしい。
 エドワードさんは大きな怪我を負うことはなくて、軽い打撲で済んだとのこと。
 それでも手当はしなければいけないので、今はここにいない。

「おかーさん、大丈夫? 怪我していない?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。アイシャちゃんのお母さんは、とっても強いですからね」
「うん……お母さん、かっこよかった」
「あーもうっ、アイシャちゃん、かわいすぎです! 私の娘、最高です!」
「むぎゅ」

 アイシャに心配されて舞い上がるソフィア。
 デレデレの笑顔になって、おもいきりアイシャを抱きしめる。

 アイシャは、ちょっと苦しそうにしていたものの、なんだかんだでソフィアに抱きしめられることがうれしいらしく、にっこり笑顔だ。
 ちょっとうらやましい。

「ソフィア。どうして、いきなりあんなことを?」
「だって……とても勝手なことをするので、お父さまに対する鬱憤が溜まっていたのです。そんな状態で、お父さまがとても偉そうな態度を見せるから……つい」

 てへ、という感じでソフィアが舌を出して笑う。

 おどける彼女もかわいい……じゃなくて。

「気持ちはわからないでもないけど、でも、アイシャがいたんだから」
「うっ」
「いきなり、母親と祖父がケンカをしたら……ケンカなのかな、あれは? 私闘を通り越して、死闘になっていたような……まあいいや。とにかく、あんな派手なケンカをしたら、不安になっちゃうよ。現に、アイシャはこうして不安になっているし」
「うぅ……」
「もちろん、僕も不安だよ」
「はぅ……」
「だから、もうあんなことはしないでね?」
「……申しわけありませんでした」

 さすがのソフィアも反省したらしく、シュンと肩を落とした。

「私、まだまだ子供ですね……あそこまで、自分がコントロールできなくなるなんて、思ってもいませんでした。情けないです」
「僕は気にしていないよ。人間だから、足りないところがあるのは当然だと思うし……そういうところは僕が補うから」
「……フェイト……」
「あー……ちょっと、二人共? こんなところなのに、二人の世界を作らないでくれる?」
「あ、あはは……ごめんね、リコリス」
「まったく」

 リコリスはあからさまなため息をこぼしてみせて、ふわりと飛び、アイシャの頭の上に。
 最近は、アイシャの頭の上がお気に入りらしい。
 アイシャもリコリスのことが好きらしく、喜んで頭の上に迎え入れている。

「……またせたな」

 ややあって、エドワードさんが姿を見せた。
 それなりのダメージを受けたとは思えないほど、しっかりとした足取りで歩いて、対面のソファーに座る。

 その眼光は厳しく、自然と背筋が伸びた。

「えっと、僕は……」
「アクセルとリナから、だいたいの話は聞いた。自己紹介は不要だ」
「……」
「そうか、お前がフェイトか……」
「っ!?」

 ものすごい殺気をぶつけられた。
 ともすれば、そのまま窒息してしまうのではないかと思うほど、濃密で深い殺気だ。

 なんであろう?
 僕は、エドワードさんにはなにもしていないのだけど……
 ここまで恨まれる覚えがない。

「あぅ……」
「お父さま……? なにをしていらっしゃるのですか?」
「……すまない」

 アイシャが巻き添えをくらい、涙目に。
 それを見たソフィアが殺気を返して……

 そこで、ようやく我に返ったらしく、エドワードさんからの殺気が消えた。
 どうやら、今のはわざとではなくて、反射的にこぼれ出てしまったものらしい。

 ついつい殺気がこぼれてしまうほど、僕は恨まれているのだろうか?
 ますます謎だ。

「まあいい……よく帰ってきたな、ソフィアよ。儂からの手紙は読んでいるな?」
「はい。だからこそ、こうして戻ってきました」
「なら、すぐにでも相手を紹介しよう。場は儂が準備するから、ソフィアは相手の資料を読み……」
「お父さま。そのことですが、私は、その話をお断りさせていただきます」
「……なに?」

 予想外の展開らしく、エドワードさんは目を大きくした。
 その間に、ソフィアは言葉を畳み掛ける。

「私の知らない間に勝手に婚約者を決めて、勝手に話を進める……そのような勝手なことをされて、素直に従うとでも? ありえません。そのような勝手をしないでください……今回は、文句を言うために帰郷したのです」
「つまり、婚約はしたくないと?」
「当たり前です。見ず知らずの相手と、なぜ結婚しなければならないのですか?」
「確かに、今はなにも知らないかもしれない。しかし、儂が選んだ相手だ。誠実な人柄で、頭も良く、腕も立つ。顔を合わせれば、きっと気に入るだろう」
「ありえませんね」

 エドワードさんの言葉を、ソフィアはバッサリと一刀両断した。

「どのような方かわかりませんが、私が好意を寄せるということは、絶対にないかと」
「どのような相手か知らないのに、言い切れるのか?」
「言い切れます」
「なぜだ?」
「私には、すでに将来を誓い合った殿方がいるからです!」
「……っ……」

 ピクリと、エドワードさんのこめかみの辺りが動いた。

「面白い話だな。ソフィアには、すでに恋人がいると?」
「もちろんです」
「……将来を誓い合っていると?」
「もちろんです」
「……愛していると?」
「世界で一番愛しています」

 ちょっと照れた。
 リコリスがこのこのと肘で突っついてきて、アイシャは自分のことのようにうれしそうで笑顔だ。

「もしかして、とは思うが……それは、お前の隣にいる男のことか?」
「はい、そうです」
「……」
「お父さまも覚えていますよね? 私の幼馴染の、フェイト・スティアートです」
「……」
「私は、彼を愛しています。フェイト以外の殿方と一緒になるなんて、欠片も想像したことがありません。というか、無理です。フェイト以外、絶対に無理です」
「……」
「今日は、そのことを報告に……いえ。できるのなら、私とフェイトのことを認めてくれませんか?」

 できることなら、僕達のことをエドワードさんに認めてほしい。
 その想いはソフィアも共通するらしく、途中で言葉を言い換えていた。

「……」

 エドワードさんは、不気味な沈黙を保っていた。

 なんだろう?
 火山が噴火する前の不気味な静寂というか、嵐の前の静けさというか。
 とにかく、嫌な予感がした。

「……ん」
「え?」

 エドワードさんは、僕を今まで以上にきつく睨みつけて、

「貴様などに娘はやらんっ!!!」

 屋敷中に響き渡るような大きな声で、そう言い放つのだった。