1話 憧れていた現実は厳しく辛く

「おいっ、のんびり歩いてるんじゃねえよ、このウスノロが!」

 罵声が飛ぶ。
 その対象は僕だ。

「す、すみま……せん……!」

 答える僕は、息も絶え絶えだ。
 それも当然。
 自分の体よりも大きい、数十キロという荷物を背負っているのだから。

 そんな状態で、何時間もダンジョンを歩いている。
 休む時間なんてない、ぶっ通しだ。

 息が切れて当たり前。
 汗で服が濡れて、水をかぶったかのよう。
 脱水症状でも起こしているのか、足元はフラフラで、気を抜けば倒れてしまいそうだ。

「さっさとしろや、このグズ! 大した力もないお前なんて、荷物運びくらいしか役に立たないんだからな」

 そう僕を罵るのは、Aランクパーティー『フレアバード』のリーダー、シグルドだ。
 『剣豪』の称号を持ち、パーティーのアタッカーとして、日々、活躍をしている。

「シグルドってば、鬼畜ぅ~。フェイトってば、こんなにもフラフラなのに、まだ酷使しちゃうなんて」
「なんだよ、ミラは反対か?」
「ううん、大賛成♪ 大した力のない無能なんだから、これくらいは役に立ってもらわないとねー。倒れるまでがんばってもらいましょ、きゃははは!」

 楽しそうに笑うのは、魔法使いのミラだ。
 攻撃魔法だけではなくて、回復魔法も使うことができる。
 その力で、パーティーメンバーを支えている。

「早くしてもらえませんか、無能? ミラの言う通り、あなたが遅いと攻略に影響するのですよ。そうなると、パーティーの名声に傷がつくかもしれない。まったく……本当にキミは無能ですね」

 僕のことを名前で呼ばず、無能と呼ぶ男は、狩人のレクターだ。
 サポートを得意とするだけではなくて、ダンジョン内の罠の解除や敵の探知を行うなど、なくてはならない存在だ。

 三人とも優れた冒険者で、全員、Aランク。
 『フレアバード』の主要メンバーで、なくてはならない存在。

 一方の僕は……どうでもいい、いてもいなくても変わらない存在。
 なんとかパーティーに所属することができたものの、仕事は、荷物運びや宿の手配、料理などの雑用がメイン。
 それ以外の仕事をしたことがない。

 不満がないといえばウソになる。
 でも、その不満は口にしない。
 口にしても改善されることはないし、どうすることもできない。

 だから、我慢して我慢して我慢して……ひたすらに耐える。

「っと……みんな、構えてください。敵です」

 レクターが敵を探知したらしく、弓を構えた。
 続けて、シグルドとミラも武器を構える。

 ズンズンッという大きな足音と共に、ミノタウロスが現れた。
 さらに、リザードマンが数匹、見える。

「ちっ、ミノタウロスだけならまだしも、リザードマンも一緒か。面倒だな」
「あはっ、私、良いこと思いついちゃったかも」
「なんだ?」
「そこの無能を囮にしましょ♪」
「えっ!?」

 無茶苦茶な提案に、さすがに顔を引きつらせてしまう。

 ただ、他の二人は乗り気だ。

「へえ、なかなかおもしろそうだな」
「なるほど……悪くない案ですね。私達がミノタウロスを相手にする間、リザードマンは、無能に引きつけてもらいますか。無能でも、それくらいはできるでしょう」
「ま、待ってください! 僕は今、重い荷物を背負っていて、それに、体力もあまり残っていなくて……」
「死ぬ気でがんばればなんとかなるだろ」

 必死に無理だと訴えるのだけど、返ってきたのは、適当すぎる言葉だった。

「そんな……」
「いいからやれ。でなければ、この場で俺が斬り殺すぞ?」
「っ……!」

 首に剣を突きつけられた。
 逆らうことはできない。

 僕は覚悟を決めて、リザードマンの群れに突撃した。



――――――――――



 ダンジョン攻略が終わり、夜。
 ようやく宿に戻ることができた。
 僕に与えられた部屋は馬小屋同然の粗末なところだけど、それでも、横になれるだけありがたい。

 カビたパンと汚れた水を飲んで、なんとか空腹を満たした後、汚れたベッドに横になる。

「……今日も疲れた……」

 雑用だけじゃなくて、まさか、囮までさせられるなんて。
 久しぶりに、本気で死ぬかと思った。

 でも、なんとか生き延びることができた。
 かすり傷や打撲は絶えないけれど、なんとか、五体満足でいることができる。

「でも……それも、いつまで続くか」

 僕は『フレアバード』の一員ではあるけれど、望んで在籍しているわけじゃない。

 五年前……冒険者になった僕は、強くなるために、当時、Cランクパーティーだった『フレアバード』の新しいパーティーメンバー募集の面接を受けた。
 結果、受かることができたのだけど……
 それは全部、シグルド達の罠だった。

 シグルドの力、ミラの魔法、レクターの知略で、僕は無理矢理に奴隷契約を結ばされてしまったのだ。

 騎士団などに訴えようとしたものの、そういった行為はシグルド達に禁じられているため、実行することはできなかった。
 奴隷は主の許可のない行為はできない。

 その他、色々な方法で解放される方法を考えたのだけど、全て失敗してしまい……
 そして、その度に躾という名の暴力を受けた。

 次第に僕は反抗する気力をなくして、言われるままに従うようになり……
 そして、今に至る。

「僕は……なんのために生きているんだろう……?」

 そんなことを考えるけれど、答えなんて見つからない。
 心は空虚で、ただひたすらに辛い。

「……いっそのこと、死んでしまえば楽になれるのかな……」

 そんなことを思うのだけど、

「ダメだ! それだけは、絶対にダメだ!」

 すぐに弱音を捨て去り、なにがなんでも生き抜いてみせる、と決意を固める。

 大した力は持っていない。
 騙されて奴隷に。
 そんな僕だけど、夢がある。

「ソフィア……また、いつかキミと一緒に……」