光くん。それが僕の名前。
 彼女は僕のことを「冴田(さえだ)」という僕の苗字では呼んでくれない。
 100人前後いる同級生のうち、僕のことを下の名前で呼ぶ、それも嬉しそうに呼ぶのは彼女……いや、夜野(よるの)(しずく)、ただ一人だ。

 「光くん、どうして泣いているの……?」

 僕の顔を覗き込みながら、夜野が聞いてきた。

 この日、この時が初めてではない告白。
 それを受け取るたびに、僕は泣いてきた。
 泣きたいわけではないはずなのに、自然と目から雫が溢れ、頬を伝っていた。

 そして、夜野を毎回困らせている。

 「君は、どうして僕に……好きだなんて言えるんだ。」

 夜野は少し困ったような顔をしたけれど、すぐに向日葵のような明るい笑顔に戻った。

 「光くんと一緒に同じ空間に居られる、今この時間がね、」

 夜野はさらにこちらへ近づいて、僕の手を取った。

 「私にとって……凄く大切な時間なの。」

 純粋無垢とでも言い表せそうなその言葉の裏に、僕はどこか、夜野が1人で抱える寂しさのようなものを感じ取ってしまった。

 それは、僕の心の中にあった寂しさを、彼女に写している、いわば投影かもしれない。
 もしも、投影であるとすれば、僕は純白な夜野に黒い影を落とし込み、こちら側の世界へ誘ってしまっているようなものだ。

 「夜野…君は、」

 「なぁに?」

 「ごめん、やっぱなんでもない。残りの本を片付けて,帰ろう。暗くなる前に帰らないと。」

 「……分かった。光くんのご両親を心配させてしまうし、早く終わらせて早く帰ろうね!」

 夜野、君はやっぱり、優しすぎだ。
 
 立ち上がって背中を向け、図書室のカウンターに向かって歩いて行った夜野の背中を見て、心が締め付けられるような感覚に陥った。

 いつまでも、僕はここから歩き出せないままだ。