「大丈夫だ。あれでへこたれるようなメンタルをしてないぞ、アイツは」
「いや、京は今だいぶメンタル削られてます。椎名さん、傷口に塩どころか唐辛子刷り込んでましたけど?キムチが出来上がりそうな勢いで刷り込んでましたよ?」
「……後でフォローしておいてくれ」
「もう!結局俺が――うおっ!?」
赤星の言葉を遮るかのように一颯が立ち上がった。
「報告書と始末書、出してきます」
そう言っていたのに、一颯は何も持たずにフロアから出ていった。
「嘘が下手だなー」「フォローしておいてくれな、浅川」と赤星と椎名は後輩の行き先が分かっているかのように話している。
実際、二人が思っている場所と一颯が行こうとしている所は一致している。
何だかんだで、ちゃんと刑事らしい人の行動を予測するという思考を持っている二人だった。
「此処にいたんですか」
汐里がいたのは署の屋上だった。
前に来たときは青空が広がっていたというのに、梅雨が近いせいかどんよりと曇っている。
今にも雨が降りそうな程だ。
「お前まで来たのか」
「外の空気を吸いに来ただけですよ」
汐里は屋上に置かれたベンチに座り、膝を抱えて小さくなっていた。
一颯はそんな彼女の隣に座ると同じ体勢になる。
「何してる?」
「京さんの真似です。……俺は気のきいた言葉をかけられないので。氷室さんならかけられるかもしれないけど」
「何でそこで氷室が出る?私と奴はもう何でもない」
汐里は唇を尖らせて、顎を膝に乗せる。
これがどう取るべき反応なのか、一颯には分からない。
だが、一颯が隣に来て同じ体勢になっていることは気にしないようだ。
「……お前の気持ちが今ならよく分かる。大切な人が犯罪者なるって言うのは辛いことだな。自分がどれだけ無力なのかが分かる」
「どうしようもないくらい無力に感じますよね。何のために刑事を目指したんだろうって」
「でも、それで立ち止まったら前には進めない。刑事であり続けることは出来ない」
ベンチから立ち上がった汐里は空を見上げて、深呼吸をする。
そして、一颯の方を見た。
もう迷いのない目をしている。
「だから、進むぞ」
一颯は彼女の言葉に頷く。
ふと、辺りが明るくなってきた。
あれだけ雨が降りそうなくらい曇っていた雲の切れ間から光が射す。
まるで、彼女の進むべき道を照らすかのようだった。