「俺は誰も殺したいなんて思ってない……」




捜査一課に異動してきて、初めての事件は同性愛を否定されたカップルが起こした殺人事件。
その次は薬漬けにされて自ら命を絶った妹の敵を討った兄が起こした殺人事件。
その後に起きたのは親友が己の夢のために幼なじみを殺した殺人事件。
そして、今回のパワハラによる流産をきっかけに起こした暴行殺人未遂事件――。





事件の合間合間に事件はあった。
だが、圧倒的に殺人事件が多く、それは怨恨が大半を占めている。
ペルソナの言うとおり、人は人を憎み、妬み、恨んで蔑む。
だから、犯罪は失くならない。






だが、一颯は他人を殺したいなんて思ったことはない。
人を殺せば犯罪だ。
それだけではない。
犯罪を犯せば悲しむ者、苦しむ者がいて、新たな憎しみや恨みを生み出す。
そう一颯は思っていた。






「クソ……っ!」





一颯は髪をかきむしると、その場にしゃがみこむ。
さっき、彼はペルソナの言うことを否定できなかった。
一瞬ペルソナの言っていることも一理あると思ってしまった。
《人間は弱いから本能に負ける》、《正義が本当に正義とは限らない》。
その言葉は一颯の《警察は正義を貫かねばならない》という信念をねじ曲げてしまうには十分すぎる。






「クソクソクソクソクソ……っ!」






「おーい、良いところのボンボンが口が悪いぞ」






すると、頭の上から汐里の声がした。
顔を上げれば、先ほどコンビニで買っていた某メーカーのお高いバニラアイスをヘラで食べている汐里がいた。





「ヒッドイ顔だな。オマケに口が悪い」





「京さん……。何で此処に……。それに、良いところのボンボンって……知ってたんですか?」





「此処に来たのは散歩ついで。お前が捜査一課に来て私の相棒になるとき、兄に教えられた。秘匿義務もクソもないがな」






汐里は兄の話を思い出したのかケッと嫌な顔をするとヘラを咥え、一颯の脇にしゃがむ。
口の悪さは彼女も人のことを言えない。
おまけにヘラを咥えて、ヤンキー座りをする彼女にだけは育ちことを言われたくはない。






「言ってくれれば良かったのに……」





「お前が隠しているのに、知ってるからと私が言うわけにはいかないだろう。それに、私からすれば《東雲一颯》も《浅川一颯》も同一人物。ヘタレでポンコツな、優しすぎる私の相棒だ」






汐里は一颯の額にデコピンを食らわせる。
自身の本当の名前を知りながらも態度を変えずにいてくれる汐里。
一颯は彼女の言葉にポカンとした顔をするが、すぐに涙を堪えるように下を向く。
そんな一颯の頭を汐里はぐしゃぐしゃと撫でる。