「よく警察官は正義のヒーローと言うけど、俺にとって正義のヒーローは京刑事です。俺は京刑事のような刑事になりたいんです」
「ヒーロー……か……」
一颯の言葉に、汐里はクスリと笑う。
横顔しか見えていないが、彼女の目が潤んでいるようにも見えた。
彼女にとってはたった一人の父であり、尊敬する刑事の一人でもある。
彼女なりに思うところがあるのだろう。
「でも、浅川の死体を見て逃げるのはヒーローにはほど遠いな」
「わ、分かってます……。そのうち、慣れます!」
「慣れると言うことはそれだけ殺人事件が起きることになるが?」
「あ!いや、その…あの……」
「冗談だ。ほら、行くぞ。報告書やら何やら残ってるんだ。いつまでも黄昏てる場合じゃない」
汐里はブラックコーヒーを飲み干し、ベンチから立ち上がると屋上の出入り口へと歩いていく。
一颯もその後を慌てて追いかけ、少し後ろをついて歩く。
何か話題をと思い、少し前を歩く汐里に問いかける。
「そういえば、テトロドトキシンの入手経路って原田菜々の自宅に小包で送られてきたって言う話ですけど、普通知らない人が送ってきた物なら不気味に思いませんか?ましては毒ですし」
殺害に使われたテトロドトキシンは原田菜々の自宅に小包で送られてきた。
差出人は不明。
ただ中にテトロドトキシンがたんまりと使われた錠剤が複数入っている小瓶が入っていたらしい。
それも原田菜々の自宅を家宅捜索した際に発見されていた。
「まあな。私は毒入り小包よりも一緒に入っていた手紙の方が不気味だと思う」
汐里の言う手紙の内容は手紙と言うには短いものだった。
黒い便箋に、二つの単語と差出人が赤い文字で記されていた。
黒い便箋に赤い文字というだけで不気味な感じがするのに、一行の文章も不気味だった。
「『色欲 嫉妬』。差出人は『ペルソナ』」
「意味が分かりませんよね。小瓶には《poison》とだけ書かれているだけみたいですし」
「……そうだな」
汐里は何か引っ掛かっているような顔をしていた。
一颯自身も《色欲と嫉妬》の二つが何処かで聞き覚えがある気がしていたが、それが何処なのか思い出せない。
《色欲と嫉妬》。
それが指すものは何なのか、それが分かるのはまだ先。
《ペルソナ》。
その名は今後も幾度となく聞くことになる。
それを一颯達はまだ知らない――。
この事件は始まりに過ぎなかった。
地獄のような連鎖の始まりに過ぎなかったのだ――。