「……夕鶴?」


 隼理くんが私の名前を呼んだ。

 その声のトーンからすると。

 気付いたのかな……?
 私の様子が違うことに……。


「どうした? なんか元気がないみたいだけど」


 隼理くんはそう訊いた。


 だけど。
 言えるわけがない。

 今の私の本当の気持ちを。

 私の考えていることは。
 まだ憶測の段階。

 だから。


「……そんなことないよ。いつも通り」


 そう返答した。


 …………。


 ……憶測……?

 私が隼理くんに本当の気持ちを言うことができないのは。
 本当に憶測の段階だから……?

 もし私の考えていることが憶測じゃないとしたら。

 そのときは。
 はっきりと言える……?
 隼理くんに……。


「それならいいけど。
 もし何か悩みでもあるのなら、すぐに俺に相談するんだぞ。
 無理や我慢をしたら心と身体に良くない」


 …………。


 ……隼理くん……。


 相談……できるわけないでしょ。

 今、私が。
 こんなにも辛くて苦しい思いをしているのは……。
 隼理くん、あなたが原因なのだから。

 原因の元である隼理くんのことを。
 隼理くん本人に。
 相談できるわけがないじゃない。

 そのことが。
 心と身体に良くないとしても。
 無理や我慢をするしかないじゃない。


 ……だけど。
 そう言った隼理くんに全く悪気はない。

 だから。


「ありがとう、隼理くん」


 無理をして。
 笑顔でそう言った。


「良い子だね、夕鶴」


 隼理くんはそう言うと。
 唇を私の唇に重ねた。


 そのキスは。
 いつものように。
 深くて甘い。

 いつもの私なら。
 確実に。
 とろけて、どこまでも溺れていく。


 ……でも。
 今日は……今は違う。

 今の私の心の中は。
『美輝さん』という存在。
 その人に対する不安や心配やショック。
 それらの気持ちが大きく住み着いている。

 それなのに……。
 隼理くんと、そんな気持ちにはなれない。


 私の本当の気持ちに。
 全く気付いていない、隼理くん。

 そんな隼理くんは。
 心地良さそうに深くて甘いキスをし続けている。

 そして隼理くんは。
 いつものように。
 やさしく、甘く……。


 ……でも。
 どれだけやさしくされても。
 どれだけ甘く囁かれ触れられても。

 やっぱり今の私には。
 何も感じることができなかった。