メティル宮。帝都の繁華街のど真ん中にあるかつての皇宮だ。先帝陛下が、広大な敷地を求めて郊外に今の宮殿を建ててからは、皇弟エルージア大公の私邸となっている。

「相変わらず、すごい活気ね」

 メティル宮は、他の宮殿とはかなり趣きの異なる建物だ。帝都の中心街にあるということもあり、皇弟リーンの生活する区画以外は、市民にも開放されている。中庭は、公園として帝都市民の憩いの場となっていて、建物の一部は賃貸物件として民間に貸し出されている。さらには皇弟が経営するカフェまである。
 カフェと言っても、ただ珈琲や茶を供する店ではない。市内の識者があつまり議論する。文化芸術、国際情勢、それに国内政治について……。そこは一種の政治サロンとなっていた。革命派のアジトと噂されているのが、まさしくこの店だ。

(リーン殿下も、この店によく現れるという。屋敷を直接訪れても門前払いがオチだし、そこで待つ方がいいかも)

 意を決して、カフェの扉を開けた。先が見えないほど立ち込める葉巻の煙が、アンナを出迎えた。その臭いが鼻孔を刺激し、思わず顔をしかめる。

「アルディス帝が名君と呼ばれたのも今や過去の話だ。すっかり貴族の豚どもに飼いならされてしまった」
「やはり貴族や皇族には任せておけん! 平民の権利は、平民が戦って手に入れるべきだ!!」
「そうだ! 奴らを排除して、平民による国家を作るべきだ!!」

 不穏な言葉が飛び交っている。噂なんかじゃない……革命派のアジト、事実ではないか。

(ここに来るには失敗だったかしら……?)

 店中に帝室に対する失望や怒りが渦巻いている。アンナも宮廷では、私的な政治サロンを開き、若手官僚と勉強会を開いたりしていた。が、同じ目的を持った集まりでも、ここまで空気が変わるものなのか。もしこの店に今、皇帝の寵姫がいると知ったら彼らはどんな反応をするだろう? 考えると寒気がした。

「殿下だ!!」

 誰かが叫んだ。それに呼応するようにあちこちから歓声が沸き上がる。皆、上の方を見上げた。アンナもそれに従う。
 吹き抜けから2階席が見える。そこに長身の男が立っていた。アルディスと同じ太陽のような明るい赤毛。エルージア大公リーンだ。

「みんな! どうぞそのまま議論を続けてくれ。この国の未来のため、どうかより熱き議論を! そのために本日も、君たちに一杯ご馳走しよう!!」

 給仕たちがテーブルに一本ずつワインの瓶を置いていく。完成がひときわ大きくなり、拍手も巻き起こった。なるほど、すごい人気だ。皇族であっても王弟殿下は別というわけか。その様子をリーン大公は満足気に眺めていた。その視線が、アンナと重なった所で止まる。リーンもこちらに気がついたようだ。顔に驚きの色が浮かんだのが、煙草の煙越しに見えた。