皇帝アルディス3世の帝都凱旋まで、あと8日。

 しかしてアンナの望みは裏切られた。昼頃、再び飛竜に載って現れたマルムゼは、帝国の主要新聞3紙をテーブルの上に置いた。

「ご覧の通り、遠征軍はクラナハに滞陣したようですな」

 新聞の一面には大見出しで、陛下についての記事が載っていた。しかしその内容は、単なる陣中取材ではない。帝国を騒がす大事件が起きていた。


『皇帝陛下襲撃さる!』
『自動人形の刺客急襲』
『陛下御自ら剣を取り凶賊を撃退す』


 紙面を握る手が震える。アンナは思わず天を仰いだ。

「陛下……」

 クラナハに滞陣中だった皇帝を、暗殺用に調整された自動人形が襲った。陛下は大剣をふるい、自らこの刺客を撃退したという。

「広場は騒然としておりました。警備の不備を糾弾する者、テロへの不安を募らせる者などもいましたが、最も多かったのは陛下の武勇を讃える声です」
「ええ……ええ、そうでしょう。しかしこの記事の内容は問題です!」
「はい」

 アルディス3世は大国ヴルフニアの皇帝である前に、ひとかどの剣士だ。ヴルフニア皇族は代々魔導剣の才に恵まれており、陛下も即位前には決闘剣客として名を馳せていたのだ。
 火炎魔術を剣にまとわせた(ほむら)の剣術で敵を圧倒する姿は、帝国の臣民なら誰でも持っている「強き皇帝」のイメージだ。

 なのに、だ。

「どの記事にも、陛下が魔導剣を使ったとは書いておりません」

 そう。これまで皇帝の華々しい活躍を好意的に描いてきた新聞社すら、魔導剣について触れていない。

「はい。両手持ちの大剣(グレートソード)で自動人形を両断した、とあります」

 本来、アルディス帝の愛剣は両手剣ではない。利き腕だけで扱える片刃剣(サーベル)、それも炎の魔力を付与した特注品を肌見放さず持っているはずだ。一方、記事にある大剣(グレートソード)は、非常に重量のある扱いづらい武具で、帝国国内では使用者が減っている。

「とっさの事態で、手近な所に大剣しかなかった……?」

 アンナは言いながらも、考えづらいと思った。常に所持してるはずの片刃剣を()()()()持っておらず、その場に()()()()時代遅れの大剣があった?

「お分かりでしょうが、大剣を使った理由、魔導剣を使わなかった理由、どちらも説明可能な状況が一つだけございます」
「……はい」

 人間でなければ重量のある大剣でも易々と扱うことができる。そして魔導剣は、体内の魔力を剣に宿す技のため、人間にしか扱うことができない。


 それはつまり、今現在アルディス3世が自動人形であることを意味する。


「フィルヴィーユ侯爵夫人。もはや時間はありませぬ。すぐにこの監獄を脱出し、西方に駐屯する第六兵団へ向かうのです。リュディスの剣を将軍たちに見せれば、彼らはあなた様の味方となります」
「第六兵団を動かし、私に何をしろ、と?」
「ボルフ侯爵家のカノン様を擁立するのです。あなた様が後見人となれば、必ずクーデターは成功します」

 ボルフ侯爵はアルディス帝の従兄弟(いとこ)に当たる。その4歳の息子カノンには、序列が低いものの皇位継承権があった。幼帝を即位させ、アンナが実権を握る。第六兵団の武力があれば不可能ではない。しかし……

「…………」
「何を悩む必要があるのです?」

 叛逆(はんぎゃく)をそそのかすこの男は何者なの? 信用できない。 真の目的は何なのか? 後ろに何者がいるのか? 何もわからない者をどうして信用できる?

「その前にやるべき事があります」
「やるべき事?」
「陛下を自動人形にすり替えたのは何者か? 誰の陰謀によるものかを明らかにするのです」

 この黒髪の男こそが、陛下をすり替えた犯人という可能性だってある。軽々しく誘いに乗ってはいけない。

「皇帝陛下を愛した者として、まずは黒幕を暴きます。軍を動かすとすれば、その後です!」