「クーデター……? 私が?」
「はい。この短剣は……」
「知っています。リュディスの剣、ですね?」

 ヴルフニア帝国初代皇帝リュディス1世が、魔王討伐の際に所持していたと言われる銀の短剣。皇帝が司る軍権の象徴だ。病などで皇帝が軍務をこなせない場合、この短剣を与えたものが代理として帝国軍の最高司令官を任される事になっている。

「なぜあなたが、それを持っているのです? このシリンダーといい、どこで手に入れたの?」
「今は、さるお方の命で動いているとだけ。それ以上は、ご容赦ください。その時が来たら、必ずや全てをお話しします」
「その時?」
「あなたが、この国の支配者となった時、です」
「…………」

 信用ならない。自分の死が明記されている謎のシリンダーと、軍を動かせる権威を持った短剣。そんなものを突如渡されて、国家へ叛逆(はんぎゃく)しろ? さるお方とやらは何を考えているのか?

「言い分はわかりました。しかし私は、陛下が自動人形(オートマトン)に取って変わられたなどという世迷言を、すぐに信じるわけにはいきません」
「あなた様のお立場からすれば、当然です」

 抑揚のない真っ平らな声。
 この短時間の間に、アンナは様々な感情に押し流されているのに対して、この男の声には感情の揺らめきが一切感じられない。
 どこか他人事のようなこの話し方に、怒りが込み上げる。

「ですから、まずはその真偽を確認したく思います」

 けど、今は落ち着こう。さっき読み取ったシリンダーの内容には、重大なヒントが隠されている。これで陛下が自動人形なのか、判断できるはずだ。

「このシリンダーには、帝都に帰投中、クラナハで休むと記されていました。日付は……ちょうど昨日です」

 クラナハは北方戦線と帝都の中間地点にある小さな村だ。親征軍は3万の兵力。それだけの人数が国境地帯から帝都へ移動するのだから、その間に何度も休息を挟む必要がある。

「陛下はご親征の際、いつもこの地域ではダスドール要塞にお寄りになられています。それが何故か、このシリンダーではクラナハになっている……」

 ダスドール要塞には大軍を収容できる設備がある。軍隊の駐留に不向きな小村より、こちらを選ぶのは当然だった。

「つまり……遠征軍がダスドール要塞に入ればシリンダーは偽物、クラナハに立ち寄れば本物、ということですか?」
「はい」
「良いでしょう。明後日の新聞には陛下の動静が載るでしょう」

 軍には従軍記者がついており、戦果や皇帝の様子などを逐一帝都の新聞社に、飛竜便や伝書鳩で送っている。
 帝都には新聞社がいくつかあるが、いずれも毎週水曜日が発売日だ。週に一度刊行される新聞を読めば、遠征軍の様子はかなり詳細に分かるはずだった。

「しかしお忘れなきよう。あなたが新聞を待つ2日間も、親征軍は帝都に近づいております。彼らが帝都に帰還したその日、あなたの死は確定します。お覚悟を」