夕方、アンナが乗った飛竜はクラナハの村に到着した。数日前に皇帝暗殺未遂事件が起きた場所だ。上空から見下ろすと、村の郊外には大規模な軍隊が野営した痕跡が、まだはっきりと残っている。第六兵団から借りた飛竜を村の後ろにそびえる丘の頂上へと降下させた。

「もう待っていらっしゃるのね」

 丘の上には既にもう一匹の飛竜がいた。あの黒鱗種の子だった。そこに並べるように自分の竜を着地させ、アンナは草原の上に降り立った。

「……綺麗」

 思わずつぶやいた。丘から西の方角を眺めると、落ちかけた太陽が空を茜色に()いていた。そして村の近くにある大小いくつもの湖が、夕日に照らされて黄金色に輝いている。
 アンナはこの丘から眺める夕焼けが大好きだった。あの頃とちっとも変わらない美しい光景だ。

「ひとつ、朗報です」

 夕焼けに見とれていると、背後から声をかけられた。振り返ると、マルムゼが立っていた。

「ここに来る前に、親征軍の様子を見てきました。彼らは戦わずに降伏するようです。近日中に皇帝の死と、皇弟リーンの即位が発表されるでしょう」
「そうですか」
「まったく。思惑が完全に狂わされました。さすがはフィルヴィーユ伯爵夫人だ」

 塔の上での動揺しきった表情は落ち着きを取り戻し、いつもの感情を見せない顔がよみがえっていた。しかし、私が話をしたいのはこの男ではない。

「もう良いでしょう。正体をお見せ下さい、陛下」
「……ふ。そうですね」

 マルムゼの身体が、白く光る。その光の中で、男の顔が、身体が、ぐにゃぐにゃと歪み始めた。変化の術が解かれる。黒い長髪の青年の顔は消え去り、太陽のような赤毛を持つ男性が正体を表した。ヴルフニア帝国皇帝アルディス3世、その人である。

「いつから分かっていた、アンナ?」
「確信したのは、かなり後になってからです。けど、今にして思えば、最初からヒントがございました」
「ああ。例えばこの丘のことかな?」

 アンナはうなずいた。

「ここは陛下と最初に二人だけで訪れた場所です。あの日も、今日みたいな燃えるような夕焼けでした」