翌朝。皇帝アルディス3世の帝都凱旋まで、あと4日。

 マルムゼとの約束の日だ。今日中に、皇帝暗殺の犯人が突き止められない場合、アンナは第六兵団に合流し挙兵しなければならない。
 昨日は一日中、この塔にいた。マルムゼには考えをまとめる時間が必要と説明したが、実はやれることは全てやっている。今日は結果を待つだけだ。

「……来た」

 窓の外、黒い飛竜が近づいてきた。心なしか、いつもより速い速度で接近しているように見えた。さて、帝都は今、どうなっているか?


「どういう事です!?」

 これまでのマルムゼからは想像できないような動揺ぶりだった。血相を変え、声を荒げる。とても同一人物とは思えなかった。

「何をしました? 貴女が絡んでいることは明白だ!!」
「……何のことでしょう?」
「とぼけないで下さい! クーデター……いや違う、あれは革命だ!!」

 マルムゼは、感情をむき出しにした言葉で、帝都の状況を語る。今朝、メティル宮付近で暴動が発生し、またたく間に帝都全域へと拡大した。警官隊と市民が衝突する中、エルージア大公は武装した手勢を率いてオルシュード宮殿向かった。正門では近衛部隊と衝突仕掛けたが、その時皇弟は()()()()を掲げ、近衛部隊を無力化させた。

「短剣です……リュディスの短剣をなぜリーンが持っているのです!?」
「おわかりでしょう? 私があなたから受け取ったものを、彼に託したのです。それ以外に考えられます?」

 アンナは悪びれることなくそう答えた。そうか、リーン殿下は動いたか。それはつまり、アンナの推測が正しかったことを意味する。オルシュード宮殿を出た後、真っ先にメティル宮のカフェへ向かったのは正解だった。

「なぜ、そのようなことを……これでは帝国はあの男のものになってしまう」
「良いではありませんか」

 アンナは笑った。愕然とした顔で見つめてくるマルムゼ。

「……ご説明を。私が納得できる説明をお願いしたい!」
「もちろんそうしたいのですが……時間がございません」
「は……?」
「皇宮の近衛兵を掌握した後、リーン殿下は第六兵団へ向かう手はずとなっています。もちろん短剣を持って。そして飛竜部隊をこの監獄島へ差し向ける事となっています」
「貴女はそこまで手回ししているのか?」
「飛竜部隊の目的は、私や下層域に投獄されている政治犯たちの救出です。じきに飛竜の大軍がこの島を包囲するでしょう。その時、ここにいるはずのない正体不明の男が皇帝寵姫のそばにいたら、どうなります?」
「それは……」
「まだ間に合います。お逃げなさい」

 マルムゼはしばらく押し黙っていたが、やがて言葉にならない怒りを叫び、テーブルを叩いた。そして部屋のドアへと向かった。

「マルムゼ殿」

 ドアノブに手をかけたマルムゼのうしろ姿に、アンナは声をかけた。

「あなたを欺いたこと、お詫びいたします。ご説明は必ずするつもりです。それと、"あの丘で待っていて下さい"と。……そう()()にお伝え下さい」
「…………」

 マルムゼは何も応えず、黙って部屋を出ていった。