「フィルヴィーユ……?」
「どういう事……?」

 皇后の取り巻きの夫人たちがざわつき始める。扇で口元を隠し、こちらを見ながらひそひそと何かを話している。

「こ……皇后陛下。お言葉をおかけすることをお許し下さい」

 まずは侍女の作法にのっとって頭を下げる。皇族に対しては、会話をすることの許可を求めねばならない。

「あら嫌ですわ。そのような庶民の真似事をなさって」

 ルコット皇后は目を細めて笑う。冷や汗が首筋を伝った。

「失礼ですが、ど……どなたかとお間違えでは……?」

 平静を装いながら話す。どうして? どうしてバレたの? それもこんなに早く! これも、クロイス家の破幻の術なのか? 高速で頭を回転させるが、答えは出てこない。

「陛下。フィルヴィーユ夫人がこんな所にいるはずがありませんわ」
「確か今は……監獄島ではありませんこと?」
「いいえ! 間違いありません!」

 両脇に座っていた夫人たちの言葉を、皇后は否定する。

「私、人の顔を覚えるのが得意ですの。一度見た方の顔を間違えることなんて、絶対にございませんわ!」

 取り巻きたちのざわめきが一層強くなった。

「……一体何しに来たの」
「ここがどこだか分かってるの?」
「下賎の娘が、初心に戻って侍女からやり直す気?」
「まさか私達のお茶会に参加したい、とかではないわよね?」
「大臣閣下はカフェで政治談義でもしていた方がお似合いでなくて」
「ていうか脱獄よね。帝国の秩序を乱す重罪じゃない!」

 口さがない言葉が、アンナにめがけて次々と投げつけられる。終わった……警備の兵が来るのも時間の問題だ。

「おやめなさい、皆さん!! 私と侯爵夫人は親友なのですよ?」

 ………………は?

  皇后の口から思いがけない言葉。何を言い出すのだ?

 ルコット皇后は席から立ち上がると、何重にも折り重なって膨らんだスカートを持ち上げて、ゆっくりとアンナに近づいてきた。思いがけない言葉だったのは、取り巻きたちも同じようで、彼女らも凍りついたように固まって皇后の動きを見守っている。

「お部屋で、ゆっくりお話しましょう。侯爵夫人」
「へ……陛下。一体どうして……」
「どうしてって……私達、二人共アルディスを愛しているでしょう?」

 不思議そうな表情でルコットは、アンナの顔を覗き込む。 

「愛した殿方が同じ……これって二人の価値観がとても似ているという事だと思うの。お互いが独占欲を出さなければ、私達って良いお友達になるのではなくて?」