变化は皇族が使える十大秘術のひとつとされている。皇族や貴族などの支配階級と平民の決定的な差はなにか? それは魔術の才能や血に流れる強い魔力の有無だ。彼らの父祖は、かの魔王戦争で魔族と戦かった魔術師たちである。特に初代皇帝リュディスは、鉄壁の魔王城に竜に変身して乗り込んだと伝えられている。
 もちろん、他にも变化を使える貴族はいるが、もっとも精巧に変身できるのは皇族とされていた。

「末席ではありますが、皇位継承権を持っております」

 皇族と言ってもだれもがリーンのように大きな権威を持っているわけではない。四百年続いたヴルフニア皇帝の血は、数多の分家を生み出し、その多くは皇族とは名ばかりの生活を送っていた。
 アンナと親しかった官僚派のメンバーにも、そういった末席の皇族たちが何人もいる。皆、貴族派の専横に対抗するために、アルディス陛下の呼びかけに応じた者だった。

(となると、マルムゼの背後にいるのは官僚派?)

 シンプルに考えれば、アンナがクーデターを起こして最も得をするのは、同じ理想のもとに動いていた官僚派のメンバーとなる。その可能性は高い。

「この他に、人の認識をずらす幻惑の術も心得ております。これらを組み合わせれば、皇宮に入ることは可能かと」

 なるほど。あの飛竜が誰に見つかることもなく、この塔に行き来できた理由もわかった。そして恐らく、アンナが留守のときはこの男がアンナに偽装して自動人形をやり過ごしているのだろう。

「……どういうおつもりです? 私には協力しないのではなかったかしら?」
「はい。ですが、あなたが納得するまで調べさせた方が、第六兵団へ連れて行きやすい、そう思い直しました」

 マルムゼは言う。やはり抑揚のない口調で、本心は見えない。もしこの男が官僚派ならば、アンナに協力するのはクロイス家への敵対心から、とも考えられる。

「ただしお気をつけを、御存知の通り、クロイス家は破幻の術が得意な家系。王妃の邸内にも侵入者対策として術が施されているでしょう。皇族の術で寵姫が邸内に入ったことが露見すれば、水面下にあった皇家と公爵家の対立が表面化しかねません」
「わかりました。塀さえ越えればあとはなんとかします。そこで術が切れるようにして下さい」