黒い飛竜にまたがり、監獄島へと帰還する。まるでこの島だけが昼の時間に取り残されているように、島全体が煌々と照らし出されている。夜に脱獄を手引きする船が近づかないよう、この島には無数の灯台が建てられているのだ。アンナが乗るこの飛竜も、先程からこの光の中にいた。地上から見れば、真っ白いシーツに垂らしたインクのように、この竜の影が浮かび上がっているはずだ。

(なぜ、看守の自動人形たちはこの()に気づかないのかしら?)

 そんな疑問が胸の奥にあった。今朝ここを出るときも……いや、そもそもマルムゼが初めてアンナの目の前に現れたときから、監獄全体が無反応なのだ。人員削減のため、看守の殆どがシリンダーに刻印された計算式(プログラム)通りに動く自動人形とはいえ、誰にも見つからないというのはおかしい。まるでこの黒鱗種の飛竜が見えてないかのようだった。


「お帰りなさいませ」


 塔に着陸すると、出迎えのために屋上に出てきたマルムゼが一礼した。

「いかがでしたか、皇弟殿下は?」
「恐らく、彼ではありません」
「なるほど。そうですか」

 マルムゼは、アンナそう考える理由を尋ねては来なかった。彼の自分に対する想いをどう説明するか考えあぐねていたため、マルムゼの反応にアンナは少しだけほっとした。

「では、明日は皇后陛下でしょうか?」
「…………」

 そうするしかない。アンナもそう考えていたが、口には出さなかった。リーンが容疑者から外れたとなると、確かに最も怪しいのは貴族派となる。彼らの中心であるクロイス公爵家の周辺は調べなければならない。特に陛下と公爵家の橋渡しとなったルコット皇后は……。
 けど、その一方で違和感もある。このままクロイス家を疑って良いのか? 何かを見落としてないか? そんな考えが、常に頭の片隅に引っかかっていた。

「フィルヴィーユ侯爵夫人?」

 名前を呼ばれて、アンナははっとマルムゼの方を見た。相変わらず、感情の見えない視線を投げかけてくる。

「すみません、考えを整理してまして。……ええと、そうですね。皇后陛下については調べねばなりません」
「では、明日はオルシュード宮殿に行かれるのですか?」
「そういうことになりますね。問題はどうやって忍び込むか、ですが」

 オルシュード宮殿。一年前までアンナも暮らしていた場所だ。皇帝の住まいであり、帝国の中枢部。市民が好き勝手に入れるメティル宮とは違い、中に入ることすら難しいだろう。

「それでしたら私におまかせを。鏡の前にお立ち下さい」
「え?」

 言われた通り、アンナは姿見の前にたった。室内の灯りはささやかなものだったが、窓の外からは灯台の強い光が規則正しいタイミングで差し込んでくる。そのたびに室内で、影が伸びては消え伸びては消えを繰り返している。

「いきます。…………はい」

 マルムゼがアンナに手をかざす。灯台の光が差し込み、アンナの姿が鏡にくっきりと映し出される。その次の瞬間光が強くなる。かと思えば影が伸びてきて鏡を覆い尽くし。そしてまたすぐに光が照らし出す。

「え?」

 何度目かの光が差し込んだ時、鏡には壮年の男の姿が映し出されていた。鏡の前に立っているはずの自分の姿はどこにもない。大柄で、口ひげを生やし、やや頭の禿げ上がった男の姿だ。

「マルムゼ殿、あなた変化の術が使えるのですか!?」
「はい」
「もしかして……あなたは皇族なの?」