エピローグ
彗星がもたらした奇跡の夏休みが終わり、まだ暑さが残る九月のある金曜日の昼休み。
風間夏海は八千代に久し振りに一緒にお昼食べようと誘われた。
音楽準備室に入ると眼鏡をかけた一年生のトロンボーンの栢原美織、フルートの小坂先輩、驚いたのは冬花も来ていた。
「冬花ちゃん? どうしてここに?」
「えへへへ……柴谷先生の淹れる紅茶、凄く美味しいんだよ」
柴谷先生によれば冬花は時々やってきて夏海の近況を話してるらしい。
お昼を食べて柴谷先生が熱い紅茶を淹れ、一年生の美織ちゃんは恋する乙女の眼差しで柴谷先生を見つめながら言う。
「彗星の夜、ロマンチックでしたね。あたしも、大好きな柴谷先生の隣で一緒に見られて、今でも鮮明に残っています」
「あははははは……家内にこんなこと聞かれたら大変だよ」
柴谷先生は苦笑しながら慣れた手つきで人数分のカップに紅茶を淹れる。
左手の薬指には指輪が光っているが、八千代によればこの一年生の女の子は叶わぬ恋だと知りながらも、健気にトロンボーンを吹いてるという。
夏海は早速淹れてくれた紅茶を飲むと、確かに美味しい。紅茶の喫茶店で働いてもやっていけるんじゃないかと思うくらいだった。すると八千代は改まった口調で訊く。
「夏海! コンクール……全国大会の前に一つだけ訊きたいことがあるの!」
「なになに?」
冬花は好奇心に満ちた眼差しで八千代を見つめる。どんなことを訊くんだろう? 夏海は身構えると、八千代は真剣な眼差しで、だけど思わず口許が緩んでしまう質問を投げ掛けた。
「夏海はどうして朝霧君のこと好きになったの?」
夏海は六月のあの日、好きになってくれた男の子の顔を思い浮かべると、美織ちゃんや小坂先輩も同調した。
「……あの、よろしかったら聞かせてもらえますか?」
「あたしも聞きたい聞きたい!」
夏海は紅茶のカップに視線を落とし、光のあの優しげな笑みを脳裏に浮かべる。
「光君はね……私の真っ暗で曇った心を温かく、優しく照らしてくれて……だけど本当は心が激しく燃えちゃうほど熱くて……まるで太陽みたいな子なの」
夏海はまだ熱い太陽が照らす外に目を向けて微笑み、惚気話を始めた。
二年四組の教室にいる朝霧光は弁当を食べ終えると航空雑誌を開き、パイロットを養成してる大学の募集ページを開いて目を通す。進路希望調査が始まったら迷わず民間航空機パイロットを希望するつもりだ。すると一緒に食べた倉田が優しげに微笑む。
「パイロットになるの……本気だったんだな」
「うん、自分の手で飛行機を操縦して、世界を見て回りたいんだ」
パイロットを養成してる大学を卒業したら、海外の航空会社に行くことも視野に入れてる。その時は夏海ちゃんと遠距離恋愛になるかもしれないが、彼女は応援するって迷わず言ってくれた。
「朝霧、いいのか? パイロットコースの大学なんて限られてるから風間さんと遠距離――」
なにか言おうとした竹岡に倉田は凛々しい顔で首を締め上げながら、心強い眼差しで言う。
「朝霧! この根暗な陰キャは置き去りして、お前は迷わず突き進め! あの夏休みの時のようにな!」
「あ、ありがとう……」
光は苦笑しながら礼を言うと教室の窓の外――遥か遠くの空を見つめる。
そうだ! 光はスマホを取り出して「ジェネシス彗星 現在」と検索すると、ニュースサイトにアクセスして動画を見る。
ニュースを見るとジェネシス彗星は地球に最接近した後、太陽系を離れるコースを取り、最近発見されたばかりで四〇光年先――それも生命が存在できるハビタブルゾーン内に、地球にそっくりな太陽系外惑星が複数見つかった恒星系に向かってるという。
光は感慨深そうに呟く。
「結局ジェネシス彗星はどこから来てどこに行くんだろう?」
「それは誰にもわからねぇ。ただ一つ言えるのは……あれは地球に住む俺たちに奇跡を届けに来て、そして次の星に奇跡を届る旅に出たんだ」
ロマンチックな台詞を言う倉田は案外詩人や哲学者にでもなれそうだ。一方捻くれた竹岡は不快感を露にする。
「けっ、なんで朝霧と倉田に届いて俺には届けなかったんだよ……そのまま永遠に宇宙を彷徨えってんだ」
「お前がそう捻くれたことを言うから奇跡は届かなかったんだ」
倉田はそう言うとスマホの着信音が鳴る、画面を見ると優しげな笑みで操作して光はもしかしてと訊いてみる。
「この前見せてくれた倉田君の彼女さん?」
「ああ、自慢の彼女だ」
倉田は誇らしげに言うと、竹岡は捻くれた意地悪な笑みで言う。
「あの三つ編み丸眼鏡の地味でブスな彼女かい?」
「ふっ……残念だが、あれは六月のでこの夏休みにイメチェンしたんだ」
倉田は鼻で笑ってスマホを見せると、竹岡はあんぐりと空いた口が塞がらなくなった。
光も試しに見るとそばかす顔なのは相変わらずだが、元々整った顔立ちで眼鏡は外して髪型もシンプルな黒髪ロングにして素朴で可愛らしい見た目に変わっていた。
「……ぬぅあずぅえだぁあああああああっ!!」
教室のど真ん中で竹岡は血の涙を流しながら慟哭した。
放課後になると光は鞄を取って三組にいる望と冬花と合流する。
「お待たせ光!」
「ねぇ! 今日もみんなで街に寄り道して行こう!」
二学期始まってからは時々六人で放課後、繁華街を寄り道するのが日課になっていた。
「お待たせ! 一組ももう終わりそうだよ!」
二組の教室から出てきた春菜は今を存分に楽しんでるようだ。
一組の教室前に来ると、たった今ホームルームが終わったようで一学期の時から見ると表情が柔和になった千秋と、一緒に前を向いて歩き始めた夏海が出てくる。
意外にも駒崎さんとも一緒に喋りながらで、駒崎さんは光を見るなりニヤニヤしながらからかう。
「おっ! 夏海、愛しの彼氏君が迎えに来たわよ!」
「もう! 八千代ちゃんからかわないで」
夏海は頬を赤くしながら言うと、少し離れた場所にいた守屋さんが光の所に歩み寄ってジッと見つめる。
「朝霧君……一言だけいい?」
「な……何?」
光は身構えるとハッキリ言った。
「夏海こと……泣かしたら、絶対に許さないから」
沈黙が数秒、守屋さんは今でも夏海のことをまだ心のどこかで友達だと思いたいらしい、沈黙を破ったのは千秋だった。
「そんな心配しなくていいわ、そんなことがあったら……私が引っ叩くから」
「ふっ……それもそうね」
守屋さんは苦笑して光に背を向けると駒崎さんもニヤけながら右手で拳銃の形を作り、光に向けてポーズを決める。
「大変だよ夏海の彼氏は……まっ、あんたなら大丈夫だと信じてるわ」
そう言って駒崎さんも守屋さんと音楽室の方へ行く、これから全国大会に向けて練習だろう。夏海はどこか名残惜しいのか、二人を呼び止めた。
「八千代ちゃん! 恵美ちゃん!」
駒崎さんは足を止めて首を傾げながら振り向き、守屋さんは背を向けたままだ。
「全国大会……頑張ってね!」
夏海は精一杯の言葉を送ると守屋さんは背を向けたまま首を縦に振り、駒崎さんはニカッと笑って言い放った。
「勿論! 夏海がやめたこと、絶っ対に後悔させてやるから! じゃあね!」
そして二人は音楽室へと歩いて行くと、夏海も晴れやかな表情で光たちの方を向いた。
「私たちも行こうか!」
「うん!」
光が頷くとみんなも頷いて駒崎さんたちとは別の方向、昇降口で履き替えて放課後の街へと歩き始める。
今日はどこへ行こうかと駄弁り、そういえばあの食玩、紫電改もあったから買って帰ろうと思いながら学校を出ると、光はさりげなく夏海と手を繋いで他愛ない微笑みを交わした。
彗星がもたらした奇跡の夏休みが終わり、やがて夏も終わりを迎えようとしていた。
だけど、あの日大好きな女の子と出会い、恋に落ち、勇気を出し、幼馴染みの二人の背中を押し、大切な友達と過ごし、居場所を作り、彗星を見上げた夏休みの思い出は僕たちの胸に刻まれ、それを糧にこれからも歩み続ける。
僕たちの青春物語はこれからも続いていくのだから。
彗星がもたらした奇跡の夏休みが終わり、まだ暑さが残る九月のある金曜日の昼休み。
風間夏海は八千代に久し振りに一緒にお昼食べようと誘われた。
音楽準備室に入ると眼鏡をかけた一年生のトロンボーンの栢原美織、フルートの小坂先輩、驚いたのは冬花も来ていた。
「冬花ちゃん? どうしてここに?」
「えへへへ……柴谷先生の淹れる紅茶、凄く美味しいんだよ」
柴谷先生によれば冬花は時々やってきて夏海の近況を話してるらしい。
お昼を食べて柴谷先生が熱い紅茶を淹れ、一年生の美織ちゃんは恋する乙女の眼差しで柴谷先生を見つめながら言う。
「彗星の夜、ロマンチックでしたね。あたしも、大好きな柴谷先生の隣で一緒に見られて、今でも鮮明に残っています」
「あははははは……家内にこんなこと聞かれたら大変だよ」
柴谷先生は苦笑しながら慣れた手つきで人数分のカップに紅茶を淹れる。
左手の薬指には指輪が光っているが、八千代によればこの一年生の女の子は叶わぬ恋だと知りながらも、健気にトロンボーンを吹いてるという。
夏海は早速淹れてくれた紅茶を飲むと、確かに美味しい。紅茶の喫茶店で働いてもやっていけるんじゃないかと思うくらいだった。すると八千代は改まった口調で訊く。
「夏海! コンクール……全国大会の前に一つだけ訊きたいことがあるの!」
「なになに?」
冬花は好奇心に満ちた眼差しで八千代を見つめる。どんなことを訊くんだろう? 夏海は身構えると、八千代は真剣な眼差しで、だけど思わず口許が緩んでしまう質問を投げ掛けた。
「夏海はどうして朝霧君のこと好きになったの?」
夏海は六月のあの日、好きになってくれた男の子の顔を思い浮かべると、美織ちゃんや小坂先輩も同調した。
「……あの、よろしかったら聞かせてもらえますか?」
「あたしも聞きたい聞きたい!」
夏海は紅茶のカップに視線を落とし、光のあの優しげな笑みを脳裏に浮かべる。
「光君はね……私の真っ暗で曇った心を温かく、優しく照らしてくれて……だけど本当は心が激しく燃えちゃうほど熱くて……まるで太陽みたいな子なの」
夏海はまだ熱い太陽が照らす外に目を向けて微笑み、惚気話を始めた。
二年四組の教室にいる朝霧光は弁当を食べ終えると航空雑誌を開き、パイロットを養成してる大学の募集ページを開いて目を通す。進路希望調査が始まったら迷わず民間航空機パイロットを希望するつもりだ。すると一緒に食べた倉田が優しげに微笑む。
「パイロットになるの……本気だったんだな」
「うん、自分の手で飛行機を操縦して、世界を見て回りたいんだ」
パイロットを養成してる大学を卒業したら、海外の航空会社に行くことも視野に入れてる。その時は夏海ちゃんと遠距離恋愛になるかもしれないが、彼女は応援するって迷わず言ってくれた。
「朝霧、いいのか? パイロットコースの大学なんて限られてるから風間さんと遠距離――」
なにか言おうとした竹岡に倉田は凛々しい顔で首を締め上げながら、心強い眼差しで言う。
「朝霧! この根暗な陰キャは置き去りして、お前は迷わず突き進め! あの夏休みの時のようにな!」
「あ、ありがとう……」
光は苦笑しながら礼を言うと教室の窓の外――遥か遠くの空を見つめる。
そうだ! 光はスマホを取り出して「ジェネシス彗星 現在」と検索すると、ニュースサイトにアクセスして動画を見る。
ニュースを見るとジェネシス彗星は地球に最接近した後、太陽系を離れるコースを取り、最近発見されたばかりで四〇光年先――それも生命が存在できるハビタブルゾーン内に、地球にそっくりな太陽系外惑星が複数見つかった恒星系に向かってるという。
光は感慨深そうに呟く。
「結局ジェネシス彗星はどこから来てどこに行くんだろう?」
「それは誰にもわからねぇ。ただ一つ言えるのは……あれは地球に住む俺たちに奇跡を届けに来て、そして次の星に奇跡を届る旅に出たんだ」
ロマンチックな台詞を言う倉田は案外詩人や哲学者にでもなれそうだ。一方捻くれた竹岡は不快感を露にする。
「けっ、なんで朝霧と倉田に届いて俺には届けなかったんだよ……そのまま永遠に宇宙を彷徨えってんだ」
「お前がそう捻くれたことを言うから奇跡は届かなかったんだ」
倉田はそう言うとスマホの着信音が鳴る、画面を見ると優しげな笑みで操作して光はもしかしてと訊いてみる。
「この前見せてくれた倉田君の彼女さん?」
「ああ、自慢の彼女だ」
倉田は誇らしげに言うと、竹岡は捻くれた意地悪な笑みで言う。
「あの三つ編み丸眼鏡の地味でブスな彼女かい?」
「ふっ……残念だが、あれは六月のでこの夏休みにイメチェンしたんだ」
倉田は鼻で笑ってスマホを見せると、竹岡はあんぐりと空いた口が塞がらなくなった。
光も試しに見るとそばかす顔なのは相変わらずだが、元々整った顔立ちで眼鏡は外して髪型もシンプルな黒髪ロングにして素朴で可愛らしい見た目に変わっていた。
「……ぬぅあずぅえだぁあああああああっ!!」
教室のど真ん中で竹岡は血の涙を流しながら慟哭した。
放課後になると光は鞄を取って三組にいる望と冬花と合流する。
「お待たせ光!」
「ねぇ! 今日もみんなで街に寄り道して行こう!」
二学期始まってからは時々六人で放課後、繁華街を寄り道するのが日課になっていた。
「お待たせ! 一組ももう終わりそうだよ!」
二組の教室から出てきた春菜は今を存分に楽しんでるようだ。
一組の教室前に来ると、たった今ホームルームが終わったようで一学期の時から見ると表情が柔和になった千秋と、一緒に前を向いて歩き始めた夏海が出てくる。
意外にも駒崎さんとも一緒に喋りながらで、駒崎さんは光を見るなりニヤニヤしながらからかう。
「おっ! 夏海、愛しの彼氏君が迎えに来たわよ!」
「もう! 八千代ちゃんからかわないで」
夏海は頬を赤くしながら言うと、少し離れた場所にいた守屋さんが光の所に歩み寄ってジッと見つめる。
「朝霧君……一言だけいい?」
「な……何?」
光は身構えるとハッキリ言った。
「夏海こと……泣かしたら、絶対に許さないから」
沈黙が数秒、守屋さんは今でも夏海のことをまだ心のどこかで友達だと思いたいらしい、沈黙を破ったのは千秋だった。
「そんな心配しなくていいわ、そんなことがあったら……私が引っ叩くから」
「ふっ……それもそうね」
守屋さんは苦笑して光に背を向けると駒崎さんもニヤけながら右手で拳銃の形を作り、光に向けてポーズを決める。
「大変だよ夏海の彼氏は……まっ、あんたなら大丈夫だと信じてるわ」
そう言って駒崎さんも守屋さんと音楽室の方へ行く、これから全国大会に向けて練習だろう。夏海はどこか名残惜しいのか、二人を呼び止めた。
「八千代ちゃん! 恵美ちゃん!」
駒崎さんは足を止めて首を傾げながら振り向き、守屋さんは背を向けたままだ。
「全国大会……頑張ってね!」
夏海は精一杯の言葉を送ると守屋さんは背を向けたまま首を縦に振り、駒崎さんはニカッと笑って言い放った。
「勿論! 夏海がやめたこと、絶っ対に後悔させてやるから! じゃあね!」
そして二人は音楽室へと歩いて行くと、夏海も晴れやかな表情で光たちの方を向いた。
「私たちも行こうか!」
「うん!」
光が頷くとみんなも頷いて駒崎さんたちとは別の方向、昇降口で履き替えて放課後の街へと歩き始める。
今日はどこへ行こうかと駄弁り、そういえばあの食玩、紫電改もあったから買って帰ろうと思いながら学校を出ると、光はさりげなく夏海と手を繋いで他愛ない微笑みを交わした。
彗星がもたらした奇跡の夏休みが終わり、やがて夏も終わりを迎えようとしていた。
だけど、あの日大好きな女の子と出会い、恋に落ち、勇気を出し、幼馴染みの二人の背中を押し、大切な友達と過ごし、居場所を作り、彗星を見上げた夏休みの思い出は僕たちの胸に刻まれ、それを糧にこれからも歩み続ける。
僕たちの青春物語はこれからも続いていくのだから。