第六章:奇跡を起こせ! たった一度の八月三一日を!
登校日の後、朝霧光は何度も夏海に電話をかけたが出ることなく、勇気を出して呉服町の自宅マンションにも来てみたがご両親によれば部屋に引き篭もったままだという。
千秋も千秋だった。春菜によれば彼女も夏海にLINEメッセージを送ったが既読がつかず電話も出てくれないと泣き乱してるという。
彗星の夜の前日、みんなと銀座通りにある紅茶の喫茶店で明日のことを話し合おうと集まるが、どうすれば夏海が部屋から出て学校に行ってくれるか浮かばず、時間だけが過ぎてアイスティーの氷も溶けていく。
「ねぇ……このままじゃ私たち……どうなるんだろう?」
やつれた顔の千秋は不安な気持ちを口にすると望も渋い顔で呟く。
「風間さんが欠けたら……僕達、絶対バラバラになると思う。櫛の歯が欠けていくみたいにね」
「あたしもそんな気がする」
冬花も全く口にせず氷が溶けてゆくアイスティーに視線を落としながら頷き、春菜は思いっきり溜め息吐いた。
「あ~あ散々だよな……朝霧君は体デカイくせに器の小さい奴らにボコボコにされるし、千秋はSNSのアカウントを特定されて拡散されるし、夏海に至ってはあたしたちと楽しい夏休みを満喫したのが吹部に拡散される……もう踏んだり蹴ったりだよ」
「そういう桜木さんだってチューバで思いっきり殴られるし、あれで異常なかったってどんだけ頑丈で運がいいの?」
自分のことより友達の心配をする春菜に光は呆れながら言う、まぁ桜木さんらしいと言えば桜木さんらしい、同感なのか千秋も涙声で言う。
「そうよ、二階から飛び降りて無事な春菜でも……もう少しで命に関わるところだったのよ、少しは自分の心配しなさいよ」
「千秋だって人のこと言えないじゃない、大事な試合で負けても泣かなかった癖に……友達のために泣いて……あんた前に話してたよね。大事な試合でお互い致命的なミスして負けてもお互い絶対に責めないって」
そんなことを言ってたな。夏休みが始まって水着を買いに行った時、守屋さんに啖呵を切る時の千秋はかっこよかった。本人はちょっと恥ずかしそうに言う。
「あれは……つい、夢中で言ったから」
「あれ、そのまま返すわ。千秋のアカウントがバレても夏海は絶対千秋のこと悪いと思ってないよ……だから、自分を責めるな」
「うん……今わかった……私はただ……誰かにそう言って欲しかっただけかも……」
千秋はまたハンカチで目元を覆うと望は光に訊いた。
「光、風間さんの様子はどう?」
「電話にも出ないし、家にも行ったけど夏海ちゃん顔も見せてくれない……こんな時に何もできないなんて……ホントに彼氏失格だよ」
自分の不甲斐なさに泣きたくなるが、泣くわけにはいかないと唇を噛むと千秋は涙を拭って訊いた。
「朝霧君、今日までずっと一人で夏海の家に通い詰めてたの?」
「うん、家に上がったけど……部屋のドアまでは開けてくれなかった」
光は夏海の家に上がり、ドア越しに何度か言葉を交わすので精一杯のようだった。
沈黙に支配される。一人欠けてしまっただけでこの有り様だ、一人……一人……それなら一人が駄目なら……あれ? 思い付かない、どうして簡単なこと……それは――光は静かに深呼吸して言葉を口にする。
「一人で説得が無理なら……駄目なら……」
その先の言葉が思い浮かばない。だけど真っ先に冬花は顔を上げ、迷いのない眼差しでとても単純な、だからこそ気付かなかったことを突き抜ける声を響かせた。
「駄目ならさ……みんなで夏海ちゃんを迎えに行こう!」
みんなが顔を上げた、それも微かな希望を見いだした表情で。
それだ! その手があった! 千秋も瞳から生気が甦り、本来の精悍で凛々しい笑みが徐々に戻って強く頷いた。
「うん! 私も、直接夏海と話したい!」
「復活だね千秋、絶対にみんなで彗星を見上げよう! 六人で!」
春菜も頷いて望も嬉しそうに微笑む。
「どうしてこんな単純なことに気付かなかったんだろうな……僕たちは誰一人欠けちゃ駄目なんだ……僕たちは、六人揃って初めて僕たちになるんだ!」
「うん、行こうみんなで……そして見上げよう。彗星の夜空を!」
光はもう迷わない。店を出ると雨はすっかり止んでいて雲の隙間から眩しい太陽の光が射していた。予報では今夜から快晴に戻ると言う。
『夏海ちゃん、明日みんなで迎えに行くから!』
光は夏海にLINEメッセージを送る。いよいよ夏休み最後の日が来る、だが僕たちの物語は終わった後も続いていく、だから……バッドエンドになんて絶対にさせない!
奇跡を起こすのはいつだって自分自身だから!
八月三一日。お昼が過ぎてソーメンを少し食べた風間夏海はカーテンを閉め切り、冷房の利いた快適な牢獄のような部屋で一人踞っていた。
涙はとっくの昔に枯れて頭の中には自責の念でいっぱいだった。
もうみんなに合わせる顔がない、私のせいでみんなが争って、傷ついて、こんなことなら吹部やめなければよかった。
何度も頭の中で巡らせていた時、インターホンが鳴って母親が出る。
また光君だろう、夏海は布団の中に逃げるように潜ろうとした時、足音がいつもと違ってやたら多い、まさか。
「夏海! 迎えに来たぞ!」
春菜はノックもせず躊躇う様子もなく部屋のドアを開けて入ると、窓のカーテンを勢いよく開けて眩い太陽の光が射し込み、思わず目を細めると冬花が入ってきた。
「夏海ちゃん! 学校行こう……今夜いよいよジェネシス彗星が来るよ!」
冬花は今にも崩れ落ちそうな精一杯の笑顔を向けると千秋も迷いのない眼光で見つめる。
「夏海、私がSNSで上げてしまったの後悔してる。責めるなら責めていいわ」
どうして? 千秋ちゃんは悪くないのにどうして自分を責めるの? 夏海は首を横に振って否定する。
「そんな……千秋ちゃんは悪くないよ……だって……あんなに……楽しかったから!」
「ほらな! 言った通りだろ千秋……夏海は絶対に千秋を責めたりしないって、だから夏海……お前も自分を責めるな、胸を張れ! 朝霧君も如月君も来てるぞ!」
春菜が部屋の外に視線を移すと望が入ってきていつもの調子で挨拶する。
「おっはよう風間さん! 悪いね、いきなりみんなで押しかけて!」
「夏海ちゃん、僕たち誰一人欠けちゃ駄目なんだ。ここで夏海ちゃんが欠けたら一生後悔するし、夏休みが終わったらきっとみんなバラバラになっちゃう……だから、一緒に行こう!」
光はお日様のように暖かい笑顔で手を差し伸べる、夏海は恐る恐る手を握ろうと手を伸ばす。駄目、その手を握ってはいけない! 私はみんなを散々困らせて傷つけて、なにもできないから……。
「私……もう光君の、みんなの手を握れない……弱くて……一人じゃ何もできない……一緒にいるだけで迷惑かけるし、傷つけるから……だから――」
「弱くない!」
冬花の目には涙が浮かんで今にも涙が溢れそうだ、健気な叫びが部屋の外にまで響く。
「夏海ちゃんは弱くなんかない! 望君に思いを伝えられたのも! 千秋ちゃんや春菜ちゃんと友達になれたのも! 夏休みをちゃんと夏休みできたのも! 全部……全部……夏海ちゃんに出会えたから!」
「夏海、私だって弱いわ! でも、そのまま心を塞いでしまったら一生そのままよ! 私は夏海にそうなって欲しくない! だって夏海は、私の友達だから!」
凛とした声で断言する千秋、本当にいいのだろうか? 躊躇いながらも互いの指先が触れた瞬間、光は離れないように手を握って夏海を立ち上がらせた。
「夏海ちゃん、僕だって弱いよ……傷の舐め合いだって言う人もいるけど……だからこそお互いに寄り添い合って生きていくんだ」
本当にいいの? こんな弱い私が、強くて熱くて優しい男の子と付き合って釣り合うのかしら? 窓の外を見ると快晴で遠くには入道雲が聳え立ち、八月最後の日の空はどこまでも美しかった。
登校日の後、朝霧光は何度も夏海に電話をかけたが出ることなく、勇気を出して呉服町の自宅マンションにも来てみたがご両親によれば部屋に引き篭もったままだという。
千秋も千秋だった。春菜によれば彼女も夏海にLINEメッセージを送ったが既読がつかず電話も出てくれないと泣き乱してるという。
彗星の夜の前日、みんなと銀座通りにある紅茶の喫茶店で明日のことを話し合おうと集まるが、どうすれば夏海が部屋から出て学校に行ってくれるか浮かばず、時間だけが過ぎてアイスティーの氷も溶けていく。
「ねぇ……このままじゃ私たち……どうなるんだろう?」
やつれた顔の千秋は不安な気持ちを口にすると望も渋い顔で呟く。
「風間さんが欠けたら……僕達、絶対バラバラになると思う。櫛の歯が欠けていくみたいにね」
「あたしもそんな気がする」
冬花も全く口にせず氷が溶けてゆくアイスティーに視線を落としながら頷き、春菜は思いっきり溜め息吐いた。
「あ~あ散々だよな……朝霧君は体デカイくせに器の小さい奴らにボコボコにされるし、千秋はSNSのアカウントを特定されて拡散されるし、夏海に至ってはあたしたちと楽しい夏休みを満喫したのが吹部に拡散される……もう踏んだり蹴ったりだよ」
「そういう桜木さんだってチューバで思いっきり殴られるし、あれで異常なかったってどんだけ頑丈で運がいいの?」
自分のことより友達の心配をする春菜に光は呆れながら言う、まぁ桜木さんらしいと言えば桜木さんらしい、同感なのか千秋も涙声で言う。
「そうよ、二階から飛び降りて無事な春菜でも……もう少しで命に関わるところだったのよ、少しは自分の心配しなさいよ」
「千秋だって人のこと言えないじゃない、大事な試合で負けても泣かなかった癖に……友達のために泣いて……あんた前に話してたよね。大事な試合でお互い致命的なミスして負けてもお互い絶対に責めないって」
そんなことを言ってたな。夏休みが始まって水着を買いに行った時、守屋さんに啖呵を切る時の千秋はかっこよかった。本人はちょっと恥ずかしそうに言う。
「あれは……つい、夢中で言ったから」
「あれ、そのまま返すわ。千秋のアカウントがバレても夏海は絶対千秋のこと悪いと思ってないよ……だから、自分を責めるな」
「うん……今わかった……私はただ……誰かにそう言って欲しかっただけかも……」
千秋はまたハンカチで目元を覆うと望は光に訊いた。
「光、風間さんの様子はどう?」
「電話にも出ないし、家にも行ったけど夏海ちゃん顔も見せてくれない……こんな時に何もできないなんて……ホントに彼氏失格だよ」
自分の不甲斐なさに泣きたくなるが、泣くわけにはいかないと唇を噛むと千秋は涙を拭って訊いた。
「朝霧君、今日までずっと一人で夏海の家に通い詰めてたの?」
「うん、家に上がったけど……部屋のドアまでは開けてくれなかった」
光は夏海の家に上がり、ドア越しに何度か言葉を交わすので精一杯のようだった。
沈黙に支配される。一人欠けてしまっただけでこの有り様だ、一人……一人……それなら一人が駄目なら……あれ? 思い付かない、どうして簡単なこと……それは――光は静かに深呼吸して言葉を口にする。
「一人で説得が無理なら……駄目なら……」
その先の言葉が思い浮かばない。だけど真っ先に冬花は顔を上げ、迷いのない眼差しでとても単純な、だからこそ気付かなかったことを突き抜ける声を響かせた。
「駄目ならさ……みんなで夏海ちゃんを迎えに行こう!」
みんなが顔を上げた、それも微かな希望を見いだした表情で。
それだ! その手があった! 千秋も瞳から生気が甦り、本来の精悍で凛々しい笑みが徐々に戻って強く頷いた。
「うん! 私も、直接夏海と話したい!」
「復活だね千秋、絶対にみんなで彗星を見上げよう! 六人で!」
春菜も頷いて望も嬉しそうに微笑む。
「どうしてこんな単純なことに気付かなかったんだろうな……僕たちは誰一人欠けちゃ駄目なんだ……僕たちは、六人揃って初めて僕たちになるんだ!」
「うん、行こうみんなで……そして見上げよう。彗星の夜空を!」
光はもう迷わない。店を出ると雨はすっかり止んでいて雲の隙間から眩しい太陽の光が射していた。予報では今夜から快晴に戻ると言う。
『夏海ちゃん、明日みんなで迎えに行くから!』
光は夏海にLINEメッセージを送る。いよいよ夏休み最後の日が来る、だが僕たちの物語は終わった後も続いていく、だから……バッドエンドになんて絶対にさせない!
奇跡を起こすのはいつだって自分自身だから!
八月三一日。お昼が過ぎてソーメンを少し食べた風間夏海はカーテンを閉め切り、冷房の利いた快適な牢獄のような部屋で一人踞っていた。
涙はとっくの昔に枯れて頭の中には自責の念でいっぱいだった。
もうみんなに合わせる顔がない、私のせいでみんなが争って、傷ついて、こんなことなら吹部やめなければよかった。
何度も頭の中で巡らせていた時、インターホンが鳴って母親が出る。
また光君だろう、夏海は布団の中に逃げるように潜ろうとした時、足音がいつもと違ってやたら多い、まさか。
「夏海! 迎えに来たぞ!」
春菜はノックもせず躊躇う様子もなく部屋のドアを開けて入ると、窓のカーテンを勢いよく開けて眩い太陽の光が射し込み、思わず目を細めると冬花が入ってきた。
「夏海ちゃん! 学校行こう……今夜いよいよジェネシス彗星が来るよ!」
冬花は今にも崩れ落ちそうな精一杯の笑顔を向けると千秋も迷いのない眼光で見つめる。
「夏海、私がSNSで上げてしまったの後悔してる。責めるなら責めていいわ」
どうして? 千秋ちゃんは悪くないのにどうして自分を責めるの? 夏海は首を横に振って否定する。
「そんな……千秋ちゃんは悪くないよ……だって……あんなに……楽しかったから!」
「ほらな! 言った通りだろ千秋……夏海は絶対に千秋を責めたりしないって、だから夏海……お前も自分を責めるな、胸を張れ! 朝霧君も如月君も来てるぞ!」
春菜が部屋の外に視線を移すと望が入ってきていつもの調子で挨拶する。
「おっはよう風間さん! 悪いね、いきなりみんなで押しかけて!」
「夏海ちゃん、僕たち誰一人欠けちゃ駄目なんだ。ここで夏海ちゃんが欠けたら一生後悔するし、夏休みが終わったらきっとみんなバラバラになっちゃう……だから、一緒に行こう!」
光はお日様のように暖かい笑顔で手を差し伸べる、夏海は恐る恐る手を握ろうと手を伸ばす。駄目、その手を握ってはいけない! 私はみんなを散々困らせて傷つけて、なにもできないから……。
「私……もう光君の、みんなの手を握れない……弱くて……一人じゃ何もできない……一緒にいるだけで迷惑かけるし、傷つけるから……だから――」
「弱くない!」
冬花の目には涙が浮かんで今にも涙が溢れそうだ、健気な叫びが部屋の外にまで響く。
「夏海ちゃんは弱くなんかない! 望君に思いを伝えられたのも! 千秋ちゃんや春菜ちゃんと友達になれたのも! 夏休みをちゃんと夏休みできたのも! 全部……全部……夏海ちゃんに出会えたから!」
「夏海、私だって弱いわ! でも、そのまま心を塞いでしまったら一生そのままよ! 私は夏海にそうなって欲しくない! だって夏海は、私の友達だから!」
凛とした声で断言する千秋、本当にいいのだろうか? 躊躇いながらも互いの指先が触れた瞬間、光は離れないように手を握って夏海を立ち上がらせた。
「夏海ちゃん、僕だって弱いよ……傷の舐め合いだって言う人もいるけど……だからこそお互いに寄り添い合って生きていくんだ」
本当にいいの? こんな弱い私が、強くて熱くて優しい男の子と付き合って釣り合うのかしら? 窓の外を見ると快晴で遠くには入道雲が聳え立ち、八月最後の日の空はどこまでも美しかった。