駒崎八千代は喧嘩騒ぎの後、滅茶苦茶になった音楽室の片付けて柴谷先生も手伝ってくれたがその表情は険しく、片付けが終わった後ようやく話してくれた。
みんなよく聞いてくれ、既に知ってる人もいるが今日は最悪の登校日になった。
まずつい先程トロンボーンの久保田君、チューバの岩元君、パーカッションの尾上君が練習前に二年四組の朝霧君に激しい暴行を加えた。
幸い彼の友人が証拠も押さえ、私を引っ張り出してくれたから軽い怪我で済んだものの……既に警察沙汰になって全国ニュースになってもおかしくないほど激しい暴行で、あのままだったら更にエスカレートして確実に取り返しのつかないことになっていた。
もう一つはフルートの守屋恵美さんと二組の桜木春菜さん、原因は問わないが、みんなによれば桜木さんは凄まじい剣幕で守屋さんに殴りかかった。
みんなが止めなかったことは責めない、自分も怪我する可能性もあったからね。
だが守屋さん、素手でやり返すならわかるが、あろうことか重いチューバで殴ったことは庇えないし、絶対に許すことはできない。片付けてる間、私は明後日の九州大会出場を辞退しようかと考えたくらいだ。
それで音楽室がざわつく、そんな辞退だなんて……隣にいる三年生の先輩はもう諦めてる様子だ。そうだよね、柴谷先生が音楽の楽しさを教え直してくれただけでもよかったもんね。
「だが、二年生や三年生は私が赴任してくる前に前顧問の悲惨な理不尽に耐えてきたことを無駄に出来ない。朝霧君を暴行した尾上君、岩元君、久保田君、そして守屋さんの四人にはしばらくの間一切の部活動を禁止、当然コンクール出場メンバーの久保田君も外れてもらう」
それで音楽室はざわつく、空席になったトロンボーンは誰だ? みんなそう考えたに違いない、だが柴谷先生は既に決めている表情だった。
「それで代わりのメンバーを……栢原美織さんにやってもらう」
吹奏楽部全員――特に二年生と三年生は驚きを露にして、選ばれた一年生の栢原美織に視線が集中する。一番驚いてるのは美織本人で真っ直ぐ柴谷先生を見つめている。
「栢原さん、君はオーディションで落選した後も熱心に練習をしていた。コンクール出場メンバーとして、明後日の九州大会やってくれるか?」
「……はい」
美織の驚いた表情はすぐに覚悟を決めた表情に変わり、柴谷先生は鋭い眼差しで視線を行き渡らせて言った。
「もし、異議や不満がある人は今か、あるいは練習後に申し出てくれ……栢原さんにではなく私にだ……いないのなら練習を始めよう」
そう明後日は全国大会出場をかけた九州大会だ。八千代はすぐに頭を切り替え、チューニングもメンテナンスも完璧に仕上げてるオーボエを持つ手に熱が入った。
風間夏海は昼食も殆ど入らず、制服姿のまま夕方まで部屋のベッドで布団に潜り、これは悪い夢だと自分に言い聞かせて夕方まで寝過ごした。
食欲も出ず、夏海はなんとなく楽しかった思い出に浸りたくて、日記が入った鞄を取る。
あれ? 入ってない……どこ? どこ? どこどこどこ!? 夏海は慌てて鞄をひっくり返し、筆箱の中身やノートが音を立てて床に散らばる。
「ない……まさか」
夏海は青褪めてすぐに雨の降る外へと飛び出し、呉服町電停から市電に乗って交通局前電停で降りて細高に入る。もうすぐ吹奏楽部は練習を終える時間だが今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
二年一組の教室に入り、自分の机の中を調べるが空っぽだった。
一度は取り戻した夏海の瞳に映るカラフルで美しい世界が灰色に変わり、心は外の分厚い灰色の雲のように覆われていき、目眩がしそうだった。
「夏海……帰ったんじゃなかったの?」
守屋恵美の声で頭が真っ白になり、振り向くと彼女の頬は少し腫れて整った髪も乱れた痕跡があった。雨の音に混じって吹奏楽部の音色が聞こえる、まだ練習中だ。
「め……恵美ちゃん、その顔……どうしたの?」
夏海は恐る恐る訊くと恵美は悔しそうに目に涙を浮かべて捲し立てた。
「……全部あんたのせいよ、久保田君……あんたの彼氏と大喧嘩してコンクールの出場メンバーから外されたのよ!」
光君がトランペットの久保田君と喧嘩した? そうか、だから保健室で目覚めた時に光君、雨水と泥で汚れていたんだ。
「あんたのせいで……桜木さん私に殴りかかってきて、無我夢中で追い払おうとしたら楽器に頭をぶつけて救急車! おかげで私のほうが悪者扱い、しばらく部活動禁止よ!」
恵美ちゃんが春菜ちゃんと喧嘩して春菜ちゃんは救急車で病院に運ばれた? まるで意味がわからず、ただ夏海は呆然と立ち尽くしていた。
「わかってるの夏海? あんたが去年吹部をやめなければ、今ごろ私達みんなでコンクール目指してたはずよ! 私たちのこと置いていかなければ……誰も傷付かなかったのよ! 吹部やめて先輩や笹野先生をがっかりさせて、みんなを困らせて……自分は新しい友達作って! お祭りや海で遊んで! 挙げ句の果てには彼氏作って……その人達まで迷惑かけて傷つけたのよ! わかる!?」
恵美に捲し立てられて夏海は立ったまま意識を失いそうだった。
心が闇に堕ちていく、より深い深い闇の底の更にその下へと、夏海はもう何を言われようとどうでもよかった。
「――聞いてるの夏海! ねぇ! 夏海が吹部に戻ってくれれば全て元通りなのよ!」
「ごめんなさい……恵美ちゃん……私……もう学校に来ないから」
夏海はそう言って教室を出る。恵美の制止する声も耳に入らなかった。
春菜は病院に搬送されたが、意識はあり普通に話せる上に頭部に異常はなく、頭に包帯を巻く程度で済んですぐにでも家に帰れるということで、雪水冬花は一安心した。
問題は千秋で春菜の手を握って今まで見たことない、痛々しいほど大粒の涙を流して泣きじゃくっていた。
「ごめんなさい……春菜……私のせいで……春菜も……夏海も……朝霧君まで」
「気にするな、あたしが昔から熱くなりやすいの……知ってるでしょ?」
「知ってる……私がSNSに上げなければ……こんなことにならなかった」
「千秋、あんなに楽しそうに笑ってたじゃない……一緒に先生から逃げたり、笑ったり遊んだりしたからな、だからもう泣くな……お前らしくない」
あんなに真っ直ぐで正義感の強い、凛々しい千秋ちゃんが泣き崩れるほどショックだったんだろう。千秋ちゃんは自分のためではなく、友達のために大粒の涙を流してる、冬花はそっと後ろから抱き締めて耳元で囁いた。
「千秋ちゃん、夏休みが終わっても……またみんなで楽しい思い出いっぱい作ろうね」
千秋は無言で涙を流しながらコクリと頷いた時、冬花、千秋、春菜のスマホの通知が鳴った。光か望からLINEでも来たのかもしれないと冬花はスマホを取り出すと、夏海からでそれを見た瞬間、頭が真っ白になった。
同じ頃、朝霧光は帰宅して制服を洗濯機に放り込んでベッドに寝転ぶ、春菜の容体は安定してホッとしたがやることがない。だがそんなことを口にすれば先生や親たち大人は夏休みの宿題をやれと捲し立てる。
全く夏休み――特に八月は曾祖父が死んだあの戦争のことで平和を考えなければいけないのに、夏休みの平和を脅かしてどうするんだ? いじめや差別、戦争や核兵器の廃絶を叫ぶくせに夏休みの宿題を廃絶できないなら、人類は滅亡の日まで戦争を続けるだろう。
机の上に置いてある曾祖父の愛機だった零戦二一型の模型に視線を向けると、スマホの着信音が鳴る。
望からか? 光は暇潰しに望と何か話そうと思ったら夏海からLINEだった。
『ごめんなさい』
まだ気にしてるようだ、一人で抱え込むなと言いたいがそれが難しい。
『私もう学校に行けない』
えっ? 光は目を見開いて次の瞬間には電話をかける。幸い数回のコールで出てくれて少し安心する、まだ電話に出られるほどまだ気力も残ってるようだが、夏海のすすり泣く声で撤回する。
『もしもし……光君?』
「夏海ちゃん! どうしたの!? もう学校に行けないって!」
『私……日記……無くしちゃった……誰かに……吹部に見られたら……もう彗星の夜……行けない……学校始まるの……怖い』
「日記って、もしかしてあの日記?」
『うん……吹部やめて、春菜ちゃんに書いてみたらって……書き始めて、光君が……拾ってくれた……あの日記』
僕達と夏海ちゃんを繋いだあの日記を無くした。冬花が絶対に見ては駄目だと言っていたあの日記だ。すぐにでも探しに行こうと、光はベッドから起き上がる。
「夏海ちゃん! 今すぐ探しに行こう! 僕も、望や冬花、桜木さんや花崎さんもきっと手伝ってくれるから!」
返事の代わりに夏海は悲痛に泣き叫ぶ。
『もういいの! 探しに行ったけど……どこにも見つからなかったの』
だとすると誰かが拾った可能性がある。でも誰が? そう考えてる間に夏海は泣きながら言葉を絞り出す。
『私のせいで……千秋ちゃんに迷惑かけて……光君が久保田君たちと喧嘩して……それでコンクールのメンバーから外されて……春菜ちゃんが怪我して病院に運ばれて……吹部のみんなにもコンクール前なのに迷惑かけて……私もう……みんなに顔を合わせられない』
どうして知ってる!? いや、それは後でいい! それよりも夏海を励まさないと……こんな時に限って言葉が思い浮かばない、中途半端に元気出せなんて言えば傷を抉るだけだ。
でも、このままじゃ夏海ちゃんの心はどんどん深い底なしの闇に沈んでしまう。
『光君……あの時、日記を拾ってくれて……手を差し伸べてくれて……ありがとう……少し間だったけど……楽しかった……忘れないって……みんなにも伝えておいて……』
「馬鹿! そんなこと――」
電話が切れた。
もう夏海の声はなく「ツーツー」と無情な音が頭いっぱいに響き、光は呆然と立ち尽くし、スマホを床に落とすと同時に両膝も落として空っぽになった心から徐々に怒りが沸き上がってきた。
夏海を壊した前顧問、やめた夏海に心ない噂を広げて傷つけた吹奏楽部、そして彼氏のくせに泣いてる彼女に何もできない自分自身への怒りが空っぽの器に注がれ、そして溢れ出ると、雨の降る暗い外へと飛び出して走り出した。
どうしてあんなこと言ったんだよ、夏海ちゃん! 目から滂沱の涙が溢れ、どこでもいいから叫びたかった。
本山一丁目、濁流となった白川河川敷で光は声の限り叫んだ。
「ちっくしょぉぉぉぉおおおおおっ!! 夏海ちゃんの馬鹿野郎ぉぉおおおおっ!!」
光は両膝から崩れ落ち、声の限り泣き叫んだ。
みんなよく聞いてくれ、既に知ってる人もいるが今日は最悪の登校日になった。
まずつい先程トロンボーンの久保田君、チューバの岩元君、パーカッションの尾上君が練習前に二年四組の朝霧君に激しい暴行を加えた。
幸い彼の友人が証拠も押さえ、私を引っ張り出してくれたから軽い怪我で済んだものの……既に警察沙汰になって全国ニュースになってもおかしくないほど激しい暴行で、あのままだったら更にエスカレートして確実に取り返しのつかないことになっていた。
もう一つはフルートの守屋恵美さんと二組の桜木春菜さん、原因は問わないが、みんなによれば桜木さんは凄まじい剣幕で守屋さんに殴りかかった。
みんなが止めなかったことは責めない、自分も怪我する可能性もあったからね。
だが守屋さん、素手でやり返すならわかるが、あろうことか重いチューバで殴ったことは庇えないし、絶対に許すことはできない。片付けてる間、私は明後日の九州大会出場を辞退しようかと考えたくらいだ。
それで音楽室がざわつく、そんな辞退だなんて……隣にいる三年生の先輩はもう諦めてる様子だ。そうだよね、柴谷先生が音楽の楽しさを教え直してくれただけでもよかったもんね。
「だが、二年生や三年生は私が赴任してくる前に前顧問の悲惨な理不尽に耐えてきたことを無駄に出来ない。朝霧君を暴行した尾上君、岩元君、久保田君、そして守屋さんの四人にはしばらくの間一切の部活動を禁止、当然コンクール出場メンバーの久保田君も外れてもらう」
それで音楽室はざわつく、空席になったトロンボーンは誰だ? みんなそう考えたに違いない、だが柴谷先生は既に決めている表情だった。
「それで代わりのメンバーを……栢原美織さんにやってもらう」
吹奏楽部全員――特に二年生と三年生は驚きを露にして、選ばれた一年生の栢原美織に視線が集中する。一番驚いてるのは美織本人で真っ直ぐ柴谷先生を見つめている。
「栢原さん、君はオーディションで落選した後も熱心に練習をしていた。コンクール出場メンバーとして、明後日の九州大会やってくれるか?」
「……はい」
美織の驚いた表情はすぐに覚悟を決めた表情に変わり、柴谷先生は鋭い眼差しで視線を行き渡らせて言った。
「もし、異議や不満がある人は今か、あるいは練習後に申し出てくれ……栢原さんにではなく私にだ……いないのなら練習を始めよう」
そう明後日は全国大会出場をかけた九州大会だ。八千代はすぐに頭を切り替え、チューニングもメンテナンスも完璧に仕上げてるオーボエを持つ手に熱が入った。
風間夏海は昼食も殆ど入らず、制服姿のまま夕方まで部屋のベッドで布団に潜り、これは悪い夢だと自分に言い聞かせて夕方まで寝過ごした。
食欲も出ず、夏海はなんとなく楽しかった思い出に浸りたくて、日記が入った鞄を取る。
あれ? 入ってない……どこ? どこ? どこどこどこ!? 夏海は慌てて鞄をひっくり返し、筆箱の中身やノートが音を立てて床に散らばる。
「ない……まさか」
夏海は青褪めてすぐに雨の降る外へと飛び出し、呉服町電停から市電に乗って交通局前電停で降りて細高に入る。もうすぐ吹奏楽部は練習を終える時間だが今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
二年一組の教室に入り、自分の机の中を調べるが空っぽだった。
一度は取り戻した夏海の瞳に映るカラフルで美しい世界が灰色に変わり、心は外の分厚い灰色の雲のように覆われていき、目眩がしそうだった。
「夏海……帰ったんじゃなかったの?」
守屋恵美の声で頭が真っ白になり、振り向くと彼女の頬は少し腫れて整った髪も乱れた痕跡があった。雨の音に混じって吹奏楽部の音色が聞こえる、まだ練習中だ。
「め……恵美ちゃん、その顔……どうしたの?」
夏海は恐る恐る訊くと恵美は悔しそうに目に涙を浮かべて捲し立てた。
「……全部あんたのせいよ、久保田君……あんたの彼氏と大喧嘩してコンクールの出場メンバーから外されたのよ!」
光君がトランペットの久保田君と喧嘩した? そうか、だから保健室で目覚めた時に光君、雨水と泥で汚れていたんだ。
「あんたのせいで……桜木さん私に殴りかかってきて、無我夢中で追い払おうとしたら楽器に頭をぶつけて救急車! おかげで私のほうが悪者扱い、しばらく部活動禁止よ!」
恵美ちゃんが春菜ちゃんと喧嘩して春菜ちゃんは救急車で病院に運ばれた? まるで意味がわからず、ただ夏海は呆然と立ち尽くしていた。
「わかってるの夏海? あんたが去年吹部をやめなければ、今ごろ私達みんなでコンクール目指してたはずよ! 私たちのこと置いていかなければ……誰も傷付かなかったのよ! 吹部やめて先輩や笹野先生をがっかりさせて、みんなを困らせて……自分は新しい友達作って! お祭りや海で遊んで! 挙げ句の果てには彼氏作って……その人達まで迷惑かけて傷つけたのよ! わかる!?」
恵美に捲し立てられて夏海は立ったまま意識を失いそうだった。
心が闇に堕ちていく、より深い深い闇の底の更にその下へと、夏海はもう何を言われようとどうでもよかった。
「――聞いてるの夏海! ねぇ! 夏海が吹部に戻ってくれれば全て元通りなのよ!」
「ごめんなさい……恵美ちゃん……私……もう学校に来ないから」
夏海はそう言って教室を出る。恵美の制止する声も耳に入らなかった。
春菜は病院に搬送されたが、意識はあり普通に話せる上に頭部に異常はなく、頭に包帯を巻く程度で済んですぐにでも家に帰れるということで、雪水冬花は一安心した。
問題は千秋で春菜の手を握って今まで見たことない、痛々しいほど大粒の涙を流して泣きじゃくっていた。
「ごめんなさい……春菜……私のせいで……春菜も……夏海も……朝霧君まで」
「気にするな、あたしが昔から熱くなりやすいの……知ってるでしょ?」
「知ってる……私がSNSに上げなければ……こんなことにならなかった」
「千秋、あんなに楽しそうに笑ってたじゃない……一緒に先生から逃げたり、笑ったり遊んだりしたからな、だからもう泣くな……お前らしくない」
あんなに真っ直ぐで正義感の強い、凛々しい千秋ちゃんが泣き崩れるほどショックだったんだろう。千秋ちゃんは自分のためではなく、友達のために大粒の涙を流してる、冬花はそっと後ろから抱き締めて耳元で囁いた。
「千秋ちゃん、夏休みが終わっても……またみんなで楽しい思い出いっぱい作ろうね」
千秋は無言で涙を流しながらコクリと頷いた時、冬花、千秋、春菜のスマホの通知が鳴った。光か望からLINEでも来たのかもしれないと冬花はスマホを取り出すと、夏海からでそれを見た瞬間、頭が真っ白になった。
同じ頃、朝霧光は帰宅して制服を洗濯機に放り込んでベッドに寝転ぶ、春菜の容体は安定してホッとしたがやることがない。だがそんなことを口にすれば先生や親たち大人は夏休みの宿題をやれと捲し立てる。
全く夏休み――特に八月は曾祖父が死んだあの戦争のことで平和を考えなければいけないのに、夏休みの平和を脅かしてどうするんだ? いじめや差別、戦争や核兵器の廃絶を叫ぶくせに夏休みの宿題を廃絶できないなら、人類は滅亡の日まで戦争を続けるだろう。
机の上に置いてある曾祖父の愛機だった零戦二一型の模型に視線を向けると、スマホの着信音が鳴る。
望からか? 光は暇潰しに望と何か話そうと思ったら夏海からLINEだった。
『ごめんなさい』
まだ気にしてるようだ、一人で抱え込むなと言いたいがそれが難しい。
『私もう学校に行けない』
えっ? 光は目を見開いて次の瞬間には電話をかける。幸い数回のコールで出てくれて少し安心する、まだ電話に出られるほどまだ気力も残ってるようだが、夏海のすすり泣く声で撤回する。
『もしもし……光君?』
「夏海ちゃん! どうしたの!? もう学校に行けないって!」
『私……日記……無くしちゃった……誰かに……吹部に見られたら……もう彗星の夜……行けない……学校始まるの……怖い』
「日記って、もしかしてあの日記?」
『うん……吹部やめて、春菜ちゃんに書いてみたらって……書き始めて、光君が……拾ってくれた……あの日記』
僕達と夏海ちゃんを繋いだあの日記を無くした。冬花が絶対に見ては駄目だと言っていたあの日記だ。すぐにでも探しに行こうと、光はベッドから起き上がる。
「夏海ちゃん! 今すぐ探しに行こう! 僕も、望や冬花、桜木さんや花崎さんもきっと手伝ってくれるから!」
返事の代わりに夏海は悲痛に泣き叫ぶ。
『もういいの! 探しに行ったけど……どこにも見つからなかったの』
だとすると誰かが拾った可能性がある。でも誰が? そう考えてる間に夏海は泣きながら言葉を絞り出す。
『私のせいで……千秋ちゃんに迷惑かけて……光君が久保田君たちと喧嘩して……それでコンクールのメンバーから外されて……春菜ちゃんが怪我して病院に運ばれて……吹部のみんなにもコンクール前なのに迷惑かけて……私もう……みんなに顔を合わせられない』
どうして知ってる!? いや、それは後でいい! それよりも夏海を励まさないと……こんな時に限って言葉が思い浮かばない、中途半端に元気出せなんて言えば傷を抉るだけだ。
でも、このままじゃ夏海ちゃんの心はどんどん深い底なしの闇に沈んでしまう。
『光君……あの時、日記を拾ってくれて……手を差し伸べてくれて……ありがとう……少し間だったけど……楽しかった……忘れないって……みんなにも伝えておいて……』
「馬鹿! そんなこと――」
電話が切れた。
もう夏海の声はなく「ツーツー」と無情な音が頭いっぱいに響き、光は呆然と立ち尽くし、スマホを床に落とすと同時に両膝も落として空っぽになった心から徐々に怒りが沸き上がってきた。
夏海を壊した前顧問、やめた夏海に心ない噂を広げて傷つけた吹奏楽部、そして彼氏のくせに泣いてる彼女に何もできない自分自身への怒りが空っぽの器に注がれ、そして溢れ出ると、雨の降る暗い外へと飛び出して走り出した。
どうしてあんなこと言ったんだよ、夏海ちゃん! 目から滂沱の涙が溢れ、どこでもいいから叫びたかった。
本山一丁目、濁流となった白川河川敷で光は声の限り叫んだ。
「ちっくしょぉぉぉぉおおおおおっ!! 夏海ちゃんの馬鹿野郎ぉぉおおおおっ!!」
光は両膝から崩れ落ち、声の限り泣き叫んだ。