同じ頃、朝霧光も教室に入って席に着くと珍しく離れた席でリア充グループと話してる竹岡が話しかけて来ない。その代わり教室にいるみんなが光をチラチラ見ていて気味が悪い、火の国まつりの時に夏海と逃げたことが噂になってるのかもしれない。
 倉田はいつもと変わらない調子で光の前に座る。
「おはよう朝霧、嫌な天気だな……彗星の夜は風間たちと過ごすのか?」
「うん、倉田君は当日中学の友達とどこで過ごすの?」
「俺は家の裏にある小山で見るよ、山頂まで歩いて十分程度のな」
「暗い山道……気を付けてね」
「ああ、お前も……な。風間のことで大変かもしれないが」
 倉田はけだるげに周囲を見回す、それはまるで遠回しに忠告してるようにも聞こえた。
「ありがとう倉田君」
「一人で抱え込むなよ、誰かに話すだけでも楽になるってことあるからな」
 始業のチャイムが鳴って大神先生が来るまでの間、結局竹岡は話しかけてくることなく久保田もチラチラ見る程度だ。
 光はこのまま登校日が終わるはずがないと神経をピリピリさせていた。


 登校日は彗星の夜に関する説明会で、最接近は午後九時前だ。それまではバーベキューや花火、キャンプファイヤーを囲ってフォークダンスを踊ったりするという。
 花崎千秋は彼氏いないけど春菜と踊りたいなと思いながら、登校日を終えるとすぐに春菜や冬花たちと合流するため手早く鞄を取って席を立つ。
 すると予想通り守屋恵美がこの場から逃れようとする夏海に後ろから声をかけた。
「夏海」
 いきなり声をかけられた夏海は驚いて振り向いた時、水色の日記帳を床に落とした。
「……恵美ちゃん」
「明後日は九州大会よ。もう十分夏休みを楽しんだでしょ? だからもう吹部に帰ってきて、また一緒にフルート吹こう!」
 守屋さんは少し大袈裟に同情心を煽るような振る舞いを見せる。
 懲りない奴だと千秋は睨む、すぐ後ろにいる駒崎さんは微かに震えている。そうやってみんなの前で同情を引くような態度を取り、断れない雰囲気を作る。
 悲劇のヒロインのつもり? 馬鹿じゃないの?
「恵美ちゃん……ごめんなさい……私はもう……戻らないの」
 夏海は怯えて目を逸らしながらもはっきり言う。そうよその意気よ、こんな奴ら放っておいてまたみんなで下通に行って美味しいもの食べましょう。
 千秋は夏海の前に出て庇い、突き放すように言う。
「悪いけど夏海は最後まで私たちと夏休みを楽しむつもりなの……邪魔しないでくれる?」
「花崎さん、あなたには関係ないでしょ? そこをどいて!」
「あるわ! 夏海は私の友達よ!」
 千秋は凛とした声で断言する。教室でこんな声を出すのは初めてで、クラスメイトや廊下の生徒たちもたちまち視線が集中する。だが守屋さんは同情を引こうとしてるのか、わざとらしく悲しげに振る舞う。
「夏海……いつからなの? 私たちが血の滲むような苦しい思いで練習頑張って、時には泣きながら練習してる間に……私たちのことを平気で置き去りにして夏休みを過ごすなんて」
「それが何? いつからあんたは社畜の鎖自慢みたいなことするほど卑屈になったの!?」
 自分の不幸な境遇を嘆いて他人の幸福に嫉妬する。千秋はそんな奴が一番大嫌いだった。
「今年は花崎さんたちと火の国まつりで遊んで湘南へ旅行、しかも四組の朝霧君と付き合って江ノ島の海で遊んで、挙げ句の果てには花火大会に浴衣を着てデート……本当にどうして?」
 守屋さんは今にも泣き出しそうな声でスマホを見せると千秋は全身が凍り付いた。見せたのは千秋も使ってるSNSで、しかも鍵をかけてるはずの千秋のアカウントだ。
「嘘……なんで?」
 動揺を必死で隠すが、それを見透かしたのか守屋さんはスクロールさせる。火の国まつりから湘南に行くため飛行機に乗るところや、江ノ島を背景に撮った写真、花火大会や夏海が光と一緒に撮った写真、行動が全て筒抜けだった。
「なんで……なんで私のアカウントを……」
「鍵をかけたはずなのに? 簡単よ、八千代が教えてくれたのよ」
 しまった! 駒崎さんにアカウントを教えていた! 守屋さんは横目で視線を向ける、その先は八千代で彼女は苦虫噛み潰した表情だ。
「ごめんなさい……花崎さん、夏海……私のせいで」
「火の国まつりの後、練習の合間に八千代がスマホを頻繁にチェックしてるから問い詰めてみたのよ……そしたら、こんな投稿が出てきたから吹部のみんなにも教えたわ」
 守屋恵美! あんただけは絶対に許さない! 両手を握り締め、歯をギリギリと噛み締めて怒りを露にする千秋、こんな奴に屈しては駄目だと千秋は夏海を奮い立たせようと振り向いた。
「夏海、こんな卑劣な奴に負けては駄目よ!」
「……そんな……恵美ちゃんも……八千代ちゃんも……どうして……こんなことを……」
 かつての仲間達からの仕打ち、公にされた夏海の表情は絶望一色に青褪め、凍えるかのように両腕を抱えて震え、恐怖のあまりボロボロと涙を溢していた。
「戻ってきて欲しいからよ! 夏海、彗星の夜……みんなも来るから!」
 守屋さんは見かけ上は優しく諭すが、夏海は声を震えさせた。
「私……もう……無理」
 夏海は絞り出すように呟いて教室を飛び出し、千秋は後を追いかける。
「夏海! 待って!」
 廊下に出て追いかけると夏海は女子トイレに駆け込む。まさかと思って千秋も入ると夏海はドアを閉めたが鍵をかけず、その代わりに苦しそうに呻くような声がして間を置かずに酸っぱくて不快な臭いが鼻を突いた。
「夏海! 大丈夫!?」
 千秋はすぐに駆け込んで便器にぶちまけた汚物を流す。吐瀉物の色から判断して精神的なストレスに耐えきれずに嘔吐したのだろう。トイレットペーパーを乱暴に取って口元を拭いてあげる。
「大丈夫よ夏海、保健室行こう……ね」
 夏海は瞳から光が失われかけ、力なく無言で頷いた。千秋は春菜にLINEで非常事態宣言すると数秒で電話がかかってきた。
『千秋! どうした! なにが起きた! ヤバいのか!?』
 目茶苦茶動揺してる春菜に、千秋は冷静に詳細を説明した。