夕方になり、光は片瀬東浜海水浴場から西側の江ノ島大橋の向こう側にある新江ノ島水族館を背に、片瀬西浜海岸の砂浜で待っていた。もうすぐ打ち上げ花火が始まるので女子四人は一度ホテルに戻り、着替えてくると言う。
その間に光は望と明日の水族館ダブルデートの下見と称して男二人で新江ノ島水族館で時間を潰し、その後は望と別行動を取って夏海を待っていた。
「朝霧君、お待たせ」
夏海は華やかな浴衣姿で下駄特有の乾いた心地好い足音と共ににやってきた。
淡い水色に薄雪草の花で彩られた浴衣に赤い帯、お昼はアップスタイルに纏めていた長い黒髪を今度はシンプルなポニーテールにしていた。夏海は頬を赤く染めて微笑みながら人指し指を髪に絡ませる。
「えっと……似合うかな?」
「うん……ちゃんと似合ってるから」
「えへへ……やっぱり恥ずかしい」
はにかんだ笑みで頬を赤らめる夏海、花火の打ち上げまで少し時間がある。光はこの恥ずかしがり屋な浴衣美人と花火を見られるのがまるで夢のような気分だった。
「なんか夢みたい……記念に撮ろうか」
「……うん」
夏海は嬉しさと恥ずかしさが入り交じった声で頷く、光はスマホを取り出して自撮りモードで夕暮れの江ノ島を背景に撮り、夏海のスマホにLINEで送る。
「春菜ちゃんたちにも送ろう」
夏海は幸せそうにスマホを弄る。すると返事なのか光と夏海のスマホに着信音が同時に鳴る。
画面を見ると望が撮ったのか、浴衣姿の春菜、千秋、冬花の三人がそれぞれ思い思いの表情で写っていた。
『楽しんできて、よい花火大会を!』
光は微笑んで返事を送ると、夏海はスマホを取り出して微笑む。
「あっ、見て千秋ちゃん早速SNSに上げてるよ」
夏海が見せたのは最近若者に人気のSNSだ、光はふと浮かんだことを口にする。
「へぇ……でも大丈夫? 吹部の人たちに見られてない?」
「うん、吹部にいた頃のアカウント……この前のお盆休みの後にね、消しちゃった。今は新しいアカウントで鍵もつけてるの……朝霧君にも教えるね」
夏海はスマホを操作するがそのSNSにアカウントはないし必要ない。
「ううん、僕にはいらないよ……みんなと連絡を取り合うならLINEがあるし、ツイッターもネタ投稿を見るためにしてるよ……画面の中よりも……僕は……こうして風間さんやみんながいてくれるから」
自分でも引くほどのクサイ台詞を言うと夏海はクスリと微笑む。学校では見せてくれなかった愛らしい微笑みだ、光も微笑みを返して心臓の鼓動を速める。
「ねぇ……また手を繋いで……いい?」
「う……うん、繋ごう……ひ……光君」
夏海は恥ずかしさを精一杯堪えて絞り出すような声で言い放つと、呼ばれた光も思わずドキッとさせる。確かに僕たちは恋人同士だが付き合い始めたばかりだ! 光は困惑してると夏海はあたふたしながら言う。
「ご、ごめん朝霧君! あの……昨日ね、冬花ちゃんを励ます時……朝霧君、冬花ちゃんのこと……名前で呼んだから……その……私にも……呼んで欲しいなって」
夏海は頬を赤くしながら上目遣いで見つめる。光は昨日の江ノ島の甘味処の時のことを思い出す。
「そうだったんだ……昨日の江ノ島の時……冬花も前から名前で呼んでいいって言ってたけど、付き合ってる訳じゃないし名前で呼ぶのも気まずかった……だけど、あの時は言うべきだと思ったんだ」
「だから冬花ちゃん、ズルいって言ったんだね」
「うん……そうなんだ」
光はそっと夏海の柔らかい手を触れ、夏海もそっと受け入れるかのように指と一緒に心を絡ませて身を寄せる。きっとお互いにドキドキしてるに違いない、打ち上げの時間が近づくごとにどんどん人が集まってくる。
「風間さん……この辺に座ろうか」
「……うん」
ちょうど空いてる段差に腰かけてスマホの時計を見ると、もうすぐ花火が打ち上げが始まる。
その間に何を話せばいいかわからないけど、一緒にいるだけで穏やかな気持ちでいられてふと夏海の横顔を覗くと、お互いに目が合って目を逸らす。
「あ……ごめん」
光は思わず必要もないのに謝ってしまい、ただでさえ恥ずかしい気持ちが更に膨れ上がってしまってモジモジする。
「わ、私の方こそ……やっぱり……照れ臭い……よね」
夏海も恥ずかしいのか、言葉が途切れ途切れになると光は静かに深呼吸する。
「そうだよね……な、夏海……ちゃん」
光は名前で呼ぶと、夏海は一瞬微かに驚いたようだが次の瞬間には安堵したかのように光の手を妖しく絡ませ、そっと身を委ねるかのように寄り添って肩と肩が触れ合う。
「光君……彗星の日、晴れるといいね」
「うん、よく見えるといいね」
お互いの肩が触れたまま見つめ合う、少し動かせば唇に触れられそうだった。光は腕を夏海の背中に回すと夏海はゆっくりと目を閉じて流れる時間が急速に引き伸ばされる。
江ノ島を背景に唇を重ねようとした瞬間、口笛のような甲高い音が現実に引き戻し、光と夏海が見上げると太鼓を渾身の一撃で叩いた音を響かせながら夜空に大輪の花を咲かせた。
光は苦笑しながら見上げる。
「始まっちゃったね」
「うん……綺麗だね」
夏海は表情を輝かせながら見上げる。甲高い音と共に天高く昇り、二度と来ない一夜のほんの一瞬にしか咲かない、儚く、美しい大輪の花を咲かせ、やがて夜空に消えて行く。
たった一度しかない一瞬、地球に接近するジェネシス彗星も同じだ。
八月三一日の夜にやってくるジェネシス彗星は恒星間彗星で、二〇一七年に太陽系の外から来た恒星間天体オウムアムアや二〇一九年にやって来たボリソフ彗星と同じ一度通過したらもう戻ってこない、戻ってくるとしても何万年か何十万年、何億年もの遥か遠い未来だと言われてる。
夏海は次々と打ち上げられ、夜空を彩り、そして消えていく花火を見上げながらどこか遠くを見て、切ない眼差しを向けていた。
「ねぇ光君、もし一つだけ願いが叶うなら……何を願う?」
「そうだね、一つだけだから……その前に考える時間が欲しいね」
「私ね……光君たちと出会って、毎日が楽しくて……こんなに楽しい夏休みがずっと続きますようにって……この頃よく思うの」
確かに夏海の言う通り、こんなに楽しくて騒がしい夏休みは初めてだ。いっそのこと終わらないで欲しい、時間が戻せないなら……光はそのまま口にする。
「この日々がずっと続けばいい……続かないのならいっそのこと、花火みたいに消えてしまいたい……とか?」
思わず口を滑らせた。夏海は一瞬目を少し見開いて光を見つめるが、次の瞬間にはそれこそ夜空に咲く花火のように儚い笑顔を咲かせる。
「いいね、儚くて……切ないけど……この一瞬を綺麗に咲かせて……そして消える」
光はクライマックスに入り、絶え間なく打ち上げられ、大気を振動させる轟音に負けない声で夏海に気持ちをぶつけた。
「でも僕は夏休みの終わりをみんなで! 望や冬花、桜木さんや花崎さん、そして夏海ちゃんの六人で誰一人欠けず、みんなで彗星を見上げたい! そして僕は夏海ちゃんの隣で、一緒に夏休み最後の夜空を見上げたい!」
「光君……」
「だから……消えてしまいたいなんて言わないで」
「……うん!」
夏海は嬉しそうに頷いて目元に涙を浮かべてる。その表情がとても愛おしく、光は絶対に離したくない、誰にも渡したくないという気持ちが溢れ、躊躇うことなく夏海の柔らかい唇をそっと重ねた。
「ん……」
夏海は目を見開いて唇を重ねたまま困惑したが、そっと光を受け入れるかのように目を閉じる。ああ、夏海ちゃんの気持ちが今ならわかる、この時がずっと続いて欲しいという気持ちが……光は唇を離して夏海と見つめ合う。
「えへへへ……しちゃった……ファーストキス」
夏海は嬉しそうにはにかんだ笑みで白い歯を見せる、光は恥ずかしすぎて思わず目を逸らすがやっぱり嬉しい、光は微笑んで夏海に向き直る。
「キスって……凄く恥ずかしいけど……凄く嬉しい」
「うん……私も嬉しい……八月三一日もこうして迎えようね」
夏海は細い人差し指をそっと今しがた光と重ねた唇に触れる。
「うん……もちろん」
光は夏海と微笑みを交わし、寄り添い合って見上げる打ち上げ花火は夜空を煌めく。光と夏海だけではなく、望、冬花、春菜、千秋、そしてここにいる全ての者たちを祝福してるかのように。
その間に光は望と明日の水族館ダブルデートの下見と称して男二人で新江ノ島水族館で時間を潰し、その後は望と別行動を取って夏海を待っていた。
「朝霧君、お待たせ」
夏海は華やかな浴衣姿で下駄特有の乾いた心地好い足音と共ににやってきた。
淡い水色に薄雪草の花で彩られた浴衣に赤い帯、お昼はアップスタイルに纏めていた長い黒髪を今度はシンプルなポニーテールにしていた。夏海は頬を赤く染めて微笑みながら人指し指を髪に絡ませる。
「えっと……似合うかな?」
「うん……ちゃんと似合ってるから」
「えへへ……やっぱり恥ずかしい」
はにかんだ笑みで頬を赤らめる夏海、花火の打ち上げまで少し時間がある。光はこの恥ずかしがり屋な浴衣美人と花火を見られるのがまるで夢のような気分だった。
「なんか夢みたい……記念に撮ろうか」
「……うん」
夏海は嬉しさと恥ずかしさが入り交じった声で頷く、光はスマホを取り出して自撮りモードで夕暮れの江ノ島を背景に撮り、夏海のスマホにLINEで送る。
「春菜ちゃんたちにも送ろう」
夏海は幸せそうにスマホを弄る。すると返事なのか光と夏海のスマホに着信音が同時に鳴る。
画面を見ると望が撮ったのか、浴衣姿の春菜、千秋、冬花の三人がそれぞれ思い思いの表情で写っていた。
『楽しんできて、よい花火大会を!』
光は微笑んで返事を送ると、夏海はスマホを取り出して微笑む。
「あっ、見て千秋ちゃん早速SNSに上げてるよ」
夏海が見せたのは最近若者に人気のSNSだ、光はふと浮かんだことを口にする。
「へぇ……でも大丈夫? 吹部の人たちに見られてない?」
「うん、吹部にいた頃のアカウント……この前のお盆休みの後にね、消しちゃった。今は新しいアカウントで鍵もつけてるの……朝霧君にも教えるね」
夏海はスマホを操作するがそのSNSにアカウントはないし必要ない。
「ううん、僕にはいらないよ……みんなと連絡を取り合うならLINEがあるし、ツイッターもネタ投稿を見るためにしてるよ……画面の中よりも……僕は……こうして風間さんやみんながいてくれるから」
自分でも引くほどのクサイ台詞を言うと夏海はクスリと微笑む。学校では見せてくれなかった愛らしい微笑みだ、光も微笑みを返して心臓の鼓動を速める。
「ねぇ……また手を繋いで……いい?」
「う……うん、繋ごう……ひ……光君」
夏海は恥ずかしさを精一杯堪えて絞り出すような声で言い放つと、呼ばれた光も思わずドキッとさせる。確かに僕たちは恋人同士だが付き合い始めたばかりだ! 光は困惑してると夏海はあたふたしながら言う。
「ご、ごめん朝霧君! あの……昨日ね、冬花ちゃんを励ます時……朝霧君、冬花ちゃんのこと……名前で呼んだから……その……私にも……呼んで欲しいなって」
夏海は頬を赤くしながら上目遣いで見つめる。光は昨日の江ノ島の甘味処の時のことを思い出す。
「そうだったんだ……昨日の江ノ島の時……冬花も前から名前で呼んでいいって言ってたけど、付き合ってる訳じゃないし名前で呼ぶのも気まずかった……だけど、あの時は言うべきだと思ったんだ」
「だから冬花ちゃん、ズルいって言ったんだね」
「うん……そうなんだ」
光はそっと夏海の柔らかい手を触れ、夏海もそっと受け入れるかのように指と一緒に心を絡ませて身を寄せる。きっとお互いにドキドキしてるに違いない、打ち上げの時間が近づくごとにどんどん人が集まってくる。
「風間さん……この辺に座ろうか」
「……うん」
ちょうど空いてる段差に腰かけてスマホの時計を見ると、もうすぐ花火が打ち上げが始まる。
その間に何を話せばいいかわからないけど、一緒にいるだけで穏やかな気持ちでいられてふと夏海の横顔を覗くと、お互いに目が合って目を逸らす。
「あ……ごめん」
光は思わず必要もないのに謝ってしまい、ただでさえ恥ずかしい気持ちが更に膨れ上がってしまってモジモジする。
「わ、私の方こそ……やっぱり……照れ臭い……よね」
夏海も恥ずかしいのか、言葉が途切れ途切れになると光は静かに深呼吸する。
「そうだよね……な、夏海……ちゃん」
光は名前で呼ぶと、夏海は一瞬微かに驚いたようだが次の瞬間には安堵したかのように光の手を妖しく絡ませ、そっと身を委ねるかのように寄り添って肩と肩が触れ合う。
「光君……彗星の日、晴れるといいね」
「うん、よく見えるといいね」
お互いの肩が触れたまま見つめ合う、少し動かせば唇に触れられそうだった。光は腕を夏海の背中に回すと夏海はゆっくりと目を閉じて流れる時間が急速に引き伸ばされる。
江ノ島を背景に唇を重ねようとした瞬間、口笛のような甲高い音が現実に引き戻し、光と夏海が見上げると太鼓を渾身の一撃で叩いた音を響かせながら夜空に大輪の花を咲かせた。
光は苦笑しながら見上げる。
「始まっちゃったね」
「うん……綺麗だね」
夏海は表情を輝かせながら見上げる。甲高い音と共に天高く昇り、二度と来ない一夜のほんの一瞬にしか咲かない、儚く、美しい大輪の花を咲かせ、やがて夜空に消えて行く。
たった一度しかない一瞬、地球に接近するジェネシス彗星も同じだ。
八月三一日の夜にやってくるジェネシス彗星は恒星間彗星で、二〇一七年に太陽系の外から来た恒星間天体オウムアムアや二〇一九年にやって来たボリソフ彗星と同じ一度通過したらもう戻ってこない、戻ってくるとしても何万年か何十万年、何億年もの遥か遠い未来だと言われてる。
夏海は次々と打ち上げられ、夜空を彩り、そして消えていく花火を見上げながらどこか遠くを見て、切ない眼差しを向けていた。
「ねぇ光君、もし一つだけ願いが叶うなら……何を願う?」
「そうだね、一つだけだから……その前に考える時間が欲しいね」
「私ね……光君たちと出会って、毎日が楽しくて……こんなに楽しい夏休みがずっと続きますようにって……この頃よく思うの」
確かに夏海の言う通り、こんなに楽しくて騒がしい夏休みは初めてだ。いっそのこと終わらないで欲しい、時間が戻せないなら……光はそのまま口にする。
「この日々がずっと続けばいい……続かないのならいっそのこと、花火みたいに消えてしまいたい……とか?」
思わず口を滑らせた。夏海は一瞬目を少し見開いて光を見つめるが、次の瞬間にはそれこそ夜空に咲く花火のように儚い笑顔を咲かせる。
「いいね、儚くて……切ないけど……この一瞬を綺麗に咲かせて……そして消える」
光はクライマックスに入り、絶え間なく打ち上げられ、大気を振動させる轟音に負けない声で夏海に気持ちをぶつけた。
「でも僕は夏休みの終わりをみんなで! 望や冬花、桜木さんや花崎さん、そして夏海ちゃんの六人で誰一人欠けず、みんなで彗星を見上げたい! そして僕は夏海ちゃんの隣で、一緒に夏休み最後の夜空を見上げたい!」
「光君……」
「だから……消えてしまいたいなんて言わないで」
「……うん!」
夏海は嬉しそうに頷いて目元に涙を浮かべてる。その表情がとても愛おしく、光は絶対に離したくない、誰にも渡したくないという気持ちが溢れ、躊躇うことなく夏海の柔らかい唇をそっと重ねた。
「ん……」
夏海は目を見開いて唇を重ねたまま困惑したが、そっと光を受け入れるかのように目を閉じる。ああ、夏海ちゃんの気持ちが今ならわかる、この時がずっと続いて欲しいという気持ちが……光は唇を離して夏海と見つめ合う。
「えへへへ……しちゃった……ファーストキス」
夏海は嬉しそうにはにかんだ笑みで白い歯を見せる、光は恥ずかしすぎて思わず目を逸らすがやっぱり嬉しい、光は微笑んで夏海に向き直る。
「キスって……凄く恥ずかしいけど……凄く嬉しい」
「うん……私も嬉しい……八月三一日もこうして迎えようね」
夏海は細い人差し指をそっと今しがた光と重ねた唇に触れる。
「うん……もちろん」
光は夏海と微笑みを交わし、寄り添い合って見上げる打ち上げ花火は夜空を煌めく。光と夏海だけではなく、望、冬花、春菜、千秋、そしてここにいる全ての者たちを祝福してるかのように。