恋人の丘、龍恋の鐘は相模湾を見渡せる見晴らしのいい場所にあり、伊豆大島が微かに見える。
 相模湾を背景に龍恋の鐘を二人で鳴らして金網に二人の名前を書いた南京錠をつけると、永遠の愛が叶うという。冬花と望が鐘を鳴らして、どうやら上手く行ったらしいと朝霧光は胸を撫で下ろした。
「僕たちの番だよ、風間さん」
「うん、鳴らそう」
 順番が回ってくると夏海と龍恋の鐘を鳴らすため、一緒に紐を握る手が重なる。お互い赤くなりながら笑顔で呼吸を合わせ、思いっきり振りかぶって叩くと、甲高い鐘の音がどこまでも響き渡り、そしていつまでも耳に残った。
「次は私たちよ春菜」
「ええっ!? あ、あたしたちで!?」
 さりげなく紐を握る千秋、女の子同士で!? 春菜は勿論、光も困惑すると千秋は精悍な笑みで見つめる。
「もしかして意識した?」
「そ、そういうわけじゃないけど、嫌じゃないけど……その」
「わかってるわ。これは……愛と友情と青春の誓いなの」
「愛と友情と青春の……いいわね、そうだ! みんなも来て! どうせならみんなで鳴らそう!」
 瞳を輝かせた春菜の誘いに光は夏海とアイコンタクト、夏海も意図を感じ取ったのか満面の笑みで「うん」と無邪気に頷く。愛と友情と青春、それはこの夏休みに千秋と春菜が追い求めていたもの、それは二人だけでは手にできなかった。
 そしてたった今、新しい一歩を踏み出した冬花と望が駆け寄ってきた。
「なになに? これをみんなで鳴らすの?」
「いいじゃない? 弁天様もびっくりするよきっと」
 千秋は少し驚いた表情になるが、すぐに微笑みに変わってみんなで握る。

「「「「「「せーの!」」」」」」

 声を揃えて思いっきり振りかぶって鳴らす。なんとなくだが、同じように聞こえても二人で鳴らす時とはまた違う響きを感じた。

 夕暮れ時、高校前駅の道路を渡って降りた所にある砂浜で光は江ノ島の方に向けて夏海と歩く。
 みんなとは別行動を取り、光は何を話せばいいかわからず夏海はまたローファーと靴下を脱いで裸足になり、足首辺りまで波が浸かる。
 江ノ島を照らす夕日は眩しく、光は穏やかな気持ちで口にする。
「夕日が綺麗だね……風間さん」
「うん、朝霧君は……今、何を考えてた?」
「えっ? なにを話そうかなと思って考えてながら江ノ島の方を見たら……夕日が綺麗だなって」
 光は正直に言うと夏海は立ち止まり、勢いよく振り向いて長い黒髪が潮風になびく。
「私もね、何を話そうかな? って考えてた!」
 夏海は照れ臭そうにはにかんだ表情で微笑んで言う。
「わからないことだらけだよね、付き合うのって」
「うん、わからなくったって僕は風間さんが好きだから」
「うふふふふ! 朝霧君って夏は好き?」
 夏海は晴れやかな笑顔で訊いてくると、光はゆっくり強く頷いた。
「うん勿論! 太陽は暑くて眩しいし、ジメジメして汗まみれになるし、蝉は五月蝿いほど鳴くけど、僕にとって一年で一番特別な季節なんだ!」
「それ春菜ちゃんが聞いたら絶対笑うよ。クサい台詞だって!」
 夏海は江ノ島の太陽のように眩しい笑顔で言う、構うものか! 笑われたっていい、あるがままの自分を誤魔化すなんてできるものか! 夏海は「気持ちいい!」と二・三歩足を動かし、スカートの丈が濡れそうな所まで歩んで光に向き直った。

「けど、それが朝霧君のいいところだから!」

 美しく幻想的な夕暮れの江ノ島を背景に夏海は真夏の眩しい太陽のような笑みで叫んだ。光は頬を赤らめて見惚れてると、一際大きい波が派手に押し寄せて来て夏海をスカートどころか長い髪まで濡らした。
「きゃああっ!」
「風間さん! 大丈夫!?」
 光は水浸しになるのを構わず夏海のところに駆け寄ると、嘆く様子もなくおかしく笑う。
「あっはははははまた濡れちゃった! しょっぱい!」
 長い黒髪はしっとり濡れて肌やブラウスに引っ付き、水が滴り落ち、艶かしくも健康的で白い肌も透け、意外と豊満な乳房を包む水色のブラジャーがくっきり――マズイ! 光はすぐに前開きの上着を脱いでそれを夏海の肩から包むように羽織らせる。
「あ……朝霧君……どうしたの?」
「いや、その……下着」
「!? ヤダッ! 透けちゃってる……ありがとう」
 夏海はようやく気付き、顔をちょうど今の茜色の夕焼けのように赤くして両腕で胸を隠し、恥ずかしさを露にしながらも、か細い声で言った。
 光は全身の血がマグマのように煮え滾り、衝動が突き上げられて抑えきれず両腕で夏海を包むようのに抱き締めた。
「あ、朝霧君?」
 夏海は困惑しながらも細い両腕を背中に回す、この子はもう誰にも渡したくない。
 この夏が終わっても、秋が来ても、将来を考えないといけない冬も、受験に向けて勉強しなきゃいけない春も、そしてまたやってきた夏も、ずっとこの子と一緒にいたい。
「ごめん、風間さん……しばらくこうしてていい?」
「うん、朝霧君って……お日様みたいに温かいんだね」
 夏海は顔を上げ、宝石のように吸い込まれそうな瞳に真っ直ぐ見つめる。濡れた唇は妖しくも柔らかそうに潤んでる。その唇も、誰にも渡したくない……。
「二人とも! こんなところで海水浴はまだ早いよ!」
 二人だけの時間は終わりだと言わんばかりに春菜の声が響く、一緒に向くと道路に続く階段の上から叫んだ、よくもまぁ目もいいし声も通る。
 夏海はクスリと微笑み、光も苦笑する。
「今日はもう帰ろうか……楽しかったね」
「うん、明日も楽しい日にしよう」
 そして二人は手を繋いで旅館へ戻る。帰る間に春菜にいろいろと質問されたが明日は海水浴で夜は花火大会だ。夏海の水着姿や浴衣姿が今から楽しみだった。