その夜、光は浴衣姿でテーブルの椅子に座り、夜の江ノ島を眺めながら少し温くなったペットボトルのお茶を飲んでいると望は向かいに座って文庫本を読んでる。
「光、風間さんとLINEでおしゃべりしなくていいの?」
「うん、すぐ隣だから話したくなったら直接行けばいい……望……いつも背中を押してくれてありがとう」
 光は今日までのお礼を言うと、望は恥ずかしそうに首を横に振る。
「よせよ光、俺は特に何もしていない……でも冬花のこと、ちゃんと気持ち伝えようと思う……でも、もう少し時間が欲しい……明日は江ノ島だろ?」
「ああ、風間さんと話し合ったけどみんなで行って、その後どこかでデートしようって」
「そっか、楽しんでこい……明後日はお待ちかねの海水浴に花火大会だ」
 望はニヤニヤしながら文庫本を閉じ、ジロジロ見つめて言うと光は目を逸らす。
「な、なんだい望、そんなにニヤニヤして」
「光、風間さん着痩せするタイプらしいぜ」
「……何が言いたいんだ?」
「隠さなくていいんだぜ、水着姿や浴衣姿に期待してるんだろ?」
 望の言う通りだ。どんな水着姿か気になるし、海水浴の夜には花火大会もやる。
 光は思わず照れ隠しでお茶を一気飲みして誤魔化す。
「きょ、今日はもう寝よう! 明日も早い!」
 光は立ち上がってさっさと寝る準備をして布団に入ったが、望の言葉が頭にこびり付いて離れず思春期の男の子特有の妄想で眠りにつくのに少し時間が必要だった。

 翌朝になると起きて着替え、朝食のご飯と味噌汁に焼き魚を食べる。
 今日はみんなで江ノ島観光だ。
 集合場所はホテルのロビーだが、そこで光と望は立ち止まって目を疑った。
「望君、光君、こっちだよ!」
 冬花が手を振る、女子組は全員揃ってるし準備万端で問題なさそうだ。
「ねぇ、みんな何で制服なの?」
 望は単刀直入に訊く。どういうわけか女子四人は細高の制服姿で、ご丁寧に学校指定のローファーまで履いていて春菜が自慢げに自分を指差した。
「提案したのはあたし! 湘南の高校生って青春モノみたいで憧れてたの!」
「全く馬鹿みたいよ本当に、夏休みの旅行先で制服だなんて修学旅行じゃないんだから」
 千秋は呆れながら腕を組むと、冬花はニッコリ笑顔で指摘する。
「ええでもさっき自撮り棒出してみんなで撮ろうって言ったの千秋ちゃんじゃない」
「そ、それとこれとは別よ!」
 千秋は頬を赤らめて声を尖らせる。光は昨日告白して恋人同士になった夏海の所にドキドキさせながら歩み寄る。
「風間さん、今日はこれで行くの?」
「うん、大丈夫……ここなら誰の手にも届かないから」
 夏海も仄かに頬を赤くして頷きながら、光が抱いた微かな不安を取り除く。
 そう、ここは湘南だ。何も不安に思うことはない。
「そうだね。じゃあ……行こうか!」
 光は頷いて外に出ると、猛烈な湿気と陽射しに加えて喧しいほど鳴く蝉、今日は晴れで絶好のお出掛け日和の猛暑日だ。容赦ない太陽の洗礼に数秒で春菜は後悔を口にする。
「やっぱ私服にしとけばよかった、暑い……帽子かぶれない」
「誰のせいでこうなったと思ってるのよ」
 千秋は顔を顰めて言うと冬花は呑気に「ねーっ」と頷いた。

 江ノ電七里ヶ浜駅から藤沢方面に向かう電車に乗り、江ノ島駅で降りて観光客に混じって海の方へと歩いて行くと、ネットやテレビで見たことがある江ノ島の情景が広がっていた。
「見えてきたよ、風間さん」
「うん、なんか……写真や動画で見るより……やっぱり実際に来て、見て、感じるものなんだね」
 夏海の言う通りだ。縦横無尽に行き交う人々、鳴きながら飛び回るカモメやトンビ、心地よく吹き付ける潮風に、絶え間なく寄せては返す波の音、ここにいる者でしか得られないものだ。
「みんな、ちょっとここで写真撮ろう」
 本土と江ノ島を繋ぐ弁天橋の入り口にある石碑で千秋は自撮り棒を取り出し、スマホをセットする間、春菜はニヤけながらからかう。
「思ったんだけど千秋に自撮り棒なんて似合わないよね」
「何が言いたいわけ? 今回のために買ったのよ!」
 千秋は春菜を睨みながらスマホをセットして四人で撮ると、望はスマホを取り出す。
「そうだ! 俺が撮ってLINEで送るからさ、光も入りなよ」
「いや、さすがに――」
「あっ! そうかわかった! 風間さんと二人っきりのがいいんだ。ちょっと待ってね!」
 望がスマホを構えると、江ノ島を背景に四人の女の子達は身を寄せ合ってそれぞれ微笑んで、ピースサインしたりして何枚か撮る。
「風間さんはそのまま! 光、いいよ!」
「う、うん!」
 夏海を除いた三人はそそくさと望の後ろまで行き、光は頬を赤らめながら夏海の隣に立つと光は思いきって肩を寄せた。
「あ……朝霧君!?」
 夏海は困惑して耳まで赤熱させるが、光も同じくらいに耳まで赤くしている。
「風間さん……手……繋ごうか」
「……うん」
 夏海は儚げな声で微かに頷くと互いに顔を向き合わずにそっと指先が触れ、恐る恐る指を絡めると、千秋は柔らかく穏やかな口調で声援を送る。
「二人とも、今はぎこちなくても……後で振り返ったら素晴らしい思い出だったって言える日が来るから」
 思い出。そう僕たちは今、素晴らしい思い出の真っ只中にいるんだ。光はゆっくり深く息を吸って静かに吐き、ガチガチに緊張してる夏海を見つめて笑みを見せる。
「大丈夫だよ風間さん、僕も緊張してるから……一緒に笑おう!」
「ええ……ぷっ! うふふふふふふ!」
 オドオドする夏海はカメラの方を見ると突然笑い出した。望の後ろで春菜と冬花が緊張を和らげようとしてるのか変顔――というよりも顔芸を披露して、光も思わず吹いてしまう。
「ぷっ! 二人とも変だよ!」
 だけど二人は構わず続ける、学校のみんなが見たら確実にドン引きするだろう。でも、自然と夏海と目が合って微笑み合い、その瞬間を望は見逃さなかった。
「そうそう今の! 光、風間さん、今の笑顔!」
 光は緊張の解れた笑みを向けると望はシャッターを押す、すぐにLINEで送られてくる。望は手を繋ぐ直前や冬花と春菜の顔芸で和んで笑みを見せた写真、手を繋いで微笑む写真まで送ってきた。
「こんな顔してたんだね、僕たち」
「うん、おかしいけど……日記に書かなきゃ」
 夏海はほっこりした笑みを見せてくれた。