早瀬の説教が終わったところで、若菜と真崎は後部座席に乗り込み、若菜の職場である建設会社に向かう。
 市街地の中心にある『建設会社さくなみ』は、五階建てのビルにオフィスを構えていた。若菜の所属するデザイン部は四階にあり、洒落た内装とインテリアは、ホテルではないかと錯覚してしまうほどの出来栄えだった。置かれたソファーやラックに真崎は目を輝かせ、思わず歓喜の声を上げた。

「これ全部会社で作られたんですか?」
「ええ。ここ数年で内装に力を入れ始めました。お客様に家具のご提案もさせていただいています」
「本棚って依頼すれば作って貰えたりとか……?」
「もちろんです。後でカタログお渡ししますね」
「やれやれ……マサキ、私用は後に……ん?」

 目を輝かせる真崎に早瀬が宥めていると、先程から冷ややかな目でフロア内を見回しているシグマが目に入った。喫茶店では騒がしかったのが一転、何か集中して見つめている。

「シグマ? どうしたんだ?」
「空気がピリピリしている。誰か泣いてる」
「え……?」

 シグマの言葉に、早瀬と真崎が真っ先に反応した。若菜にはピリピリしている空気も、誰かが泣いていることさえもわからない。
 「早く中に入れろ」と急かされ、言われるがままパスケースに入った社員証をかざして中に入ると、中心にあるデスクに社員が集まって青ざめた顔をしていた。こちらに気付いた一人の女性社員が若菜を見た途端、一気に泣き崩れてしまった。

「わ……若菜さん……っ!」
江川(えがわ)さん? 皆さん、何かあったんですか……?」

 若菜を見た社員が次々に顔をしかめている。その中で一人の男性がこちらに駆け寄ってくると、意を決した顔つきで言う。

「若菜ちゃん、出社して早々悪いが落ち着いて聞いてくれ。……旗本さんが、殺された」