若菜は建設会社に勤務するデザイナーの見習いだった。主に住宅メーカーからの依頼で、注文住宅の外観や間取りなどのデザインを購入希望者と販売店の関係者と共に相談し合って提案するのが仕事だ。

「今受け持っている仕事は、ひったくり犯に遭遇した日の午前中に打ち合わせしていた案件だけでしたし、細かい作業は先輩に確認を取らないと進められないので」
「なるほど、でもどうして今日は外に? 外に出るのが億劫になっていたのなら、電話でも話はできたはずですが……」
「勿論電話しました! でも電話が殺到しているのか、全く繋がらなくて」
「よくある話だな、早瀬さん?」
「……耳が痛い話は後でいくらでも聞く」
「それもそうだな。よし、とりあえず会社から家までの道を確認するか。皆で行くぞー」

 思い立ったようにシグマが立ち上がると、足早に喫茶店を出ていく。その後を三人が追いかけると、既に外に駐車していた早瀬の助手席にシグマが乗り込んでいた。それを見て若菜は早瀬の方を振り向く。彼自身も驚いた顔をしており、ポケットの中を探ってあるものを探した。

「早瀬さーん。探しものはもう車に刺さってんよ。あ、マサキとおねーさんは後ろね」
「おまっ……まさかまた!」

 窓から顔を出して笑うシグマに、早瀬は血相を変えて駆け寄り、大通りにも関わらず説教を始めた。当人は反省している様子もなく、ケロッとした顔で聞き流している。それを傍観している真崎はまたかと頭を抱え、若菜は顔をひきつらせた。

「な……なんなんですか、あの人……!」
「あはは……」
「笑っている場合ですか? れっきとした泥棒ですよ!?」

 若菜の隣で呆れた顔で笑う真崎は小さく溜息をすると、「シグマはね」と一度言葉を切って少し考えてから口を開いた。

「手癖が悪いんだ。ただ、鍵を盗って助手席に座ってるってことは、早瀬さんを急かしている案件だってことかな。あんな悪ガキだけどちゃんと考えてますから、そこは安心してください」
「悪ガキ?」
「まだ成人してなければ、俺の中では悪ガキも同然です」
「……未成年!?」
「あれ、聞いてない? シグマは今年でようやく十八歳。俺の十個下なんですよ」

 さらっと流すような口ぶりの真崎に若菜は眩暈がした。確かに見た目だけは若いし、自分と少ししか変わらないと思っていたが、まさか二十歳にもなっていないだなんて! 更に自分が真崎と年が近いことも、にわかに信じ難かった。