「これは権藤から聞いた本当の話。アンタのデザインを無断で提出したのは、企画の担当デザイナーの候補に挙げるためだったんだって。結局企画自体の進行が止まっていて、白紙になったらしいけど。ちなみに権藤は口留めされてたよ。旗本はアンタを驚かせたくて、次の案件にも推薦するつもりだった。それだけでなく、自分の仕事を半分渡そうとしてた。口数は少なかったけど、デザイン部の誰よりもアンタの実力を認めてたって」
「……な、にそれ……」
「そのマフラーも貰ったんでしょ? ……完璧主義者でもさ、苦手なことってあるんだよ」

 若菜はテーブルに置かれたマフラーに手を伸ばす。
 それはまだ仕事を始めて間もない頃、大きな仕事で成功した際に旗本から贈られたものだった。周りに比べたら、自分は最初から贔屓されていたのかもしれない。どこか自分に期待してくれていたのかもしれない。しかし、プライベートを踏み込むようなことは一度もしなかった。
 もっと旗本と仕事だけでなく個人的な相談も、少しだけでも話していたら、こんなすれ違いは起こらなかったかもしれない。

 ふと頭に浮かぶのは、薄暗い倉庫。マフラーで首を絞められ、もがく旗本は最後に若菜の方を向いて小さく呟いた。

 『――ごめんね』と。

「……私はただ、あなたに認められたかったんじゃなくて、隣で仕事をしたかっただけなんです。あなたの、となりで……っ」

 自らの手で殺めた人が思い浮かんで、若菜はマフラーを抱きしめる。もう「ごめんなさい」も「ありがとう」も伝えられない。――その事実を噛み締めて、静かに涙を流した。