真崎の憐れんだ目が若菜に向けられる。若菜はテーブルの下で震える手を握りしめて小さく息を吐いた。怒りと悲しみが込み上げてくるのをなんとか抑えて彼に問う。

「ま、待ってください。市街地から現場まで二十分はかかります。私は二十一時まで会社にいたんです! それに、私がひったくり犯と遭遇したのは家の近くで……」
「警察が聞き込みをして、あなたが依頼したタクシーを特定しました。二十一時ぴったりに会社の裏側と、細かい指定をされましたようで」
「そ、それは遅くなってしまったので、仕方がなくタクシーを呼びました。家の近くで降りて……」
「降りた先は製作所の近くだったことが、タクシー運転手の話で分かっています。それに、確保された権藤さんはマフラーをビニール袋に入れて保管していました。鑑識からあなたの毛髪の他に、被害者の毛髪も見つかったそうです」
「毛髪……!?」
「静電気ですよ。彼女、アクリルセーターを着ていたんです。首を絞める際、アクリルとマフラーのウールが擦れて静電気が発生し、毛髪がマフラーに張り付いた。この時期は一番静電気が起きやすい季節ですから、偶然でしょうけど」
「じゃ、じゃあ動機は? 私が上司を殺した動機はなんですか!?」
「……もうやめましょう、五嶋さん。俺はこれ以上、追い詰めたくない」
「やってない、私はやってません!」

 若菜はテーブルを叩きつけて否定した。先程まで強く握りしめていた手は赤くなっており、爪が食い込んだ痕が残っている。真崎が焦った様子で彼女を見ていると、突然喫茶店のドアが勢いよく開いた。
 何事かと二人して振り向くと、そこには満足気な顔をして紙袋を抱えたシグマがいた。

「よーっす。良いタイミング?」