「話を戻します。犯人は旗本さんを殺害後、権藤さんの指紋が付いたレンズを割って彼女の指を切り、機械に文字をわざと残したんです。後は彼女のバッグを持って倉庫から出るだけ。人通りの少ない夜道、家もなければ防犯カメラもない。誰にも見つからずに出ていくのは簡単だった。近くの川に荷物を投げ捨て、後は自宅へ帰るだけでした。……しかしその帰り道で、凶器を手放すというアクシデントが起きてしまったんです」
「凶器を? 紐程度であれば、倉庫の資材に混ぜてもわからないのではありませんか?」
「首を絞めるものが紐だけとは限りません。被害者の首元にはオレンジと灰色の羊毛の繊維が残されていました。女性に人気のブランドのマフラーであることがわかっています」
「マフラーが凶器……それを手放すって一体……」
「実は現場近辺で、ひったくり事件が多発していたんです。夜遅くに一人で歩いている女性を狙った、悪質なものでした。計画がひと段落して安心してしまったのでしょう。――殺人犯はひったくり犯に襲われ、マフラーを盗られてしまったんです」

 それは偶然としか思えないタイミングだった。ひったくり犯は、目の前を行く女性がついさっき人を殺したことなど知らずに襲い掛かり、女性のマフラーに手をかけた。引っ張った時に顔が見えたのだろう。驚いたその一瞬の隙をついて、女性はその場から逃げ出した。
 
「ひったくり犯は逃げていく人物を追えませんでした。自分の顔を見られたかもしれないと思った彼は、自宅で仕事をすることにして様子を見ることにしました。しかし、彼女は恐怖で衰弱していた。安心したひったくり犯はマフラーを金庫に隠したまま、普通の生活に戻ろうとしたんです。そこで、旗本さんが殺された話が入ってきた。刑事の話から、女性を襲った時間帯が死亡推定時刻と被っていたがために、咄嗟に『家にいた』と嘘をついた。……もう、おわかりですよね? あなたを襲ったひったくり犯は権藤史郎。そして彼が奪ったマフラーの持ち主であり、旗本さんを殺害した真犯人は――五嶋若菜さん、あなたです」