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 シグマたちが権藤宅へ乗り込んだのと同じ頃、誰もいない喫茶店『サフラン』の店内には、スマートフォンをじっと見つめる真崎と若菜の姿があった。緊張した空気を裂くようにスマートフォンが鳴り響くと、真崎が一目散で電話に出た。それから数分ほどやり取りを終えた真崎は、若菜に微笑んで言う。

「ひったくり犯、確保されました。犯行も自供しているそうです」
「そう……ですか」

 若菜は全身の力が抜けていくのを感じて、テーブルに目線を落とした。これで自分と同じ目に遭っていた人たちが安心して外へ出られる。しかし、その恐怖の発端が自分の上司であったことは、事前に真犯人を告げられていても、やはりすぐには受け入れられなかった。

「信じられません。あの権藤さんがひったくり犯だったなんて……」
「それと、旗本さんの殺害現場に、権藤さんの指紋が付いた眼鏡が落ちていました。その話に関しては否定しているようで……」
「そんな! ……どうして? 権藤さんは眼鏡をかけていないのに、どうやってレンズに指紋が……まさか、誰かに濡れ衣を着せられたとか」
「どうしてそう思います?」
「だって、こんな時期に上司が二人もいなくなるんですよ? 誰かに嵌められたと考えても……」
「権藤さんは窃盗の常習犯です。いずれは暴かれることでした。それが今日だった、それだけです」

 途端、真崎の声色が変わった。冷たくて鋭い声ながらも、憐れんだ目で若菜を見ていた。今まで優しい笑みを浮かべた真崎の姿はどこにもいない。

「……随分冷たいんですね、真崎さん。その冷静さは今まで事件に関わってきた賜物ですか?」
「いいえ。事件は必ず暴かれるものだと思っているからです。勿論、旗本礼子を殺した犯人も、罪を償うべきだ。……ところで五嶋さん、どうして指紋が付いているのがレンズだってわかったんですか?」
「え……?」
「俺は指紋がレンズに付いていたとは一言も(・・・)言っていません。さて――ここからは、俺達の推理です」

 ガタン、と彼の気迫に押されて若菜は席から立ち上がる。嫌な汗が頬を伝って、思わず息を呑んだ。目の前にいる人物は本当に真崎なのかと疑うほど冷たい眼をしていた。