「――突然ですが、あなたは探偵というものをご存じですか?」

 年明け早々、警察署にやってきた五嶋(いつしま)若菜(わかな)は、真面目な顔で突飛なことを問う男を前に困惑していた。
 ある相談を窓口の警察官に話すと、「一度上に確認する」と追い出され、待合室で待つこと二十分。ようやく呼ばれて相談室に入ると、そこには一人の男性が待っていた。三十代前半くらいだろうか、キリっとした凛々しい眉が特徴的で、皺ひとつない紺色のスーツ姿が良く似合う。
 男性は捜査一課の刑事で、早瀬(はやせ)(しゅん)といった。捜査一課といえば、殺人や誘拐、放火などの脅迫犯罪を扱う部署で有名である。いくら相談内容が警察のお抱え事案だったとしても、早々に捜査一課の肩書を持つ人物と対面するとは予想外だった。
 それと同時に、事件に自分が関わってしまったのではないかと、若菜は顔を真っ青にした。生まれてからの二十七年間、いろんな失敗をしてきたが、警察の世話になることをした覚えはない。若菜は絆創膏だらけの手を握りしめる。しかし、早瀬の口から出た言葉に呆気をとられた若菜は、思わず聞き返した。

「すみません、今なんて……」
「ですから、探偵をご存じですか?」

 想像していたものと遥か斜め上にいった質問に、若菜は思わず拍子抜けした声を漏らした。

「……ふざけてます?」
「いえ、大真面目です」

 早瀬はキッパリと断言する。からかっている様子もなく、ただ真剣な眼差しで若菜と対峙し、「というのもですね」と話を続けた。

「既に複数の被害届が出されていることもあり、現在こちらで捜査中です。見つかるのも時間の問題でしょう。しかし、あなたの場合、多発しているひったくり犯との遭遇が他と異なります。そこで、警察が信頼を置いている探偵に協力していただき、事件の解決への糸口を見つけたいと考えております」
「……探偵って、本当にいるんですか?」

 若菜の素っ頓狂な問いかけに、早瀬は「ええ、いますよ」と微笑んだ。
 そもそも探偵という職業は、殺人事件の捜査をして「犯人はお前だ!」と指をさして殺人犯を見つけ、推理を語る存在だと思われているが、実際はペット探しや素行調査といった、物語とは程遠いものだと、若菜の中では認識していた。
 そんな探偵に事件を解決してもらう? 警察はなんて人任せなんだと苛立ちが伝わったのか、早瀬が口を開いた。

「今までの被害はバッグを狙われ、財布の中身だけ抜き取られて破棄されていました。しかし、あなたは犯人に刃物を向けられている。模倣犯か同一人物かは現段階でわかりません。探偵は必ず犯人を特定します。だからどうか、ご協力いただけませんか」
「そ、そんなこと言われても……」

 ふと頭に過ぎった襲われたときの光景を思い出して、若菜は言葉を詰まらせた。