若いほうの保険医が、「今日の昼休みの当番は、一組の飯塚さんと的場さんです」と柔らかく告げた。
 
 翠は目だけで了承の合図をし、布団をかぶって壁側を向いた。
 
 若い保険医が察したようにその場を離れ、タイプライターらしきものを打つ音だけが、部屋に響いた。
 
 今日は舞衣が来る日か。あいつに借りた本、まだ読み終わってないや。
 
 うつらうつらしながら彼女のことを思っていると、年配の保険医が帰ってきた気配がした。保険医はそっとカーテンを開けて、眠りに落ちかけている翠のベッドの端に制服を置くと、自分の持ち場に戻っていった。
 
 母親のような深い優しさに包まれているような気がして、家族のことを思い出した。父、母、そして妹。あの三人は、自分のいない家でも、いつも通りに過ごしているのだろうか。
 
 決まった週に必ず、三人からの手紙が来るが、翠は両親にしか返事を書かなかった。
 
 たった一度、最後の別れのつもりで、一冊の愛読書と、それに沿った一行の文章を当てて出したことを除いては。
 
 妹は、いつになったら自分のことを忘れてくれるのだろう。

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